㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「俺にだってご褒美があっていいはずだっ。人気はお前たちにとられるし、テムルだってコロにとられたんだから・・・。」
泣きまねをするヨンハに、うるせえ、とジェシンはそっぽを向いた。とはいってもヨンハにもソンジュンにも足を向けてはねられない。ユニの胸に秘めたジェシンへの慕情を感じ取って、ジェシンの背中を押してくれたのは二人なのだから。直接的ではないが。ジェシンを慌てさせるようなことを言って煽っただけだが。それでも恨み言など一言も言わず、ユニがいちばんいいようにと、波風立てずに今までいてくれた。これぐらいの繰り言は覚悟の上だった。
「先日ユニ殿のところに機嫌伺に行ったのですが・・・。」
ソンジュンがすました顔で言う。ジェシンはしかめっ面を向けた。
「髷を結うには髪が長くなりすぎたと、苦労して大きな髷を結って、網巾でそれでも余る先の方を押さえつけるようにごまかしてましたよ。重いんでしょうね。だから、家の中では男装は辞めたらどうかと勧めたんですよ。」
「・・・もう少しなんだからあいつの好きにさせろよ・・・。」
「分かっていますけれど、あれは肩が凝りますよ。何と言っても文字を書く仕事ですからね。俺だって書類ばっかりに向かってると首がくたびれるのでよくわかります。」
うんうん、と頷きながらすました顔で話し続けるソンジュンに対して青筋が立つのが分かる。その語り合う情景が目に浮かぶようだ。そうだろう、そうだよねえ、と親友として仲睦まじかった二人の中二坊での会話がよみがえる。寝っ転がっていたジェシンが言える文句ではないのだが、何だか割り込めない二人の世界をつくられていたようで、あの頃はもやっとしたものだ。その情景を今も続けていると思うとあまり心穏やかではいられない。
にやにやとこちらを見るヨンハを無視し、天然なのかわざとなのか判らないソンジュンからの親友ぶりの見せつけを流して、ジェシンは次の非番の日、というか非番の度にせっせと通う未来の妻の家に足を向けた。
嬉しそうに迎えたユニ。最後の本の執筆はこれから始まる。第三巻を上梓して、少し休暇をとったのだ。立て続けに本を出し、そして次が最後の執筆になる。きちんと終わらせたい、とユニは常々言っていた。
真正面に座って、茶を淹れようとするユニの横顔を眺める。誰が訪ねてくるかもわからない一人暮らしの小さな家だから、ユニは男装を崩しはしない。だが、さすがに家の中で笠は被らず、黒い繻子の網巾を額にぴったりと巻いていた。その結び目がある後頭部。そこに、ソンジュンが行った通り、髷を結うには長すぎて余る髪が束ねて結び目の下に押さえつけられている。
ユニは婚約が調ってから髪を切らなくなった。それまでも男としては長めの髪にしているから髷が大きいの、と笑っていた。ユニとユンシクの母が嘆くから、短くしきれないのだと笑っていた。当然だろう。ようやく入れ替わり、苦労を掛けた娘が本来の娘姿に戻れたと安心したのに、またもや男装の仕事に戻ってしまったのだ。口には出さないが、落胆したのはわかっているのだ、とユニはこぼしたことがある。
ユニはジェシンの妻になると決めた時、一つだけ不安がある、と言った。
自分は長く両班の男としての生活をしてきた。多くの人と交わり、学び、働くことを知ってしまった。両班の令嬢にはあるはずのない経験をし、それが嫌だったかと聞かれれば、はい、と即答が出来ないのだ、と。
案外性に合っていた、と打ち明けたユニ。それはそうだろう、とジェシンも思う。そこらの男よりよほどユニは有能だった。知識豊かで向上心があり、学び続けてそれを仕事につなげることを知っていたし実行した。我慢強く、根気があり、役に立つ。その成果を認められる歓びも知ってしまった。それを傍で見てきたジェシンに、ユニのその気持ちを否定することなど何もない。
ムン家に入り両班の妻として生きる。不満など持てる訳のないその女として恵まれたこれからの生活に、自分はなじめるのか、満足できるのか、また外に飛び出したいと思ってしまうのではないか、今のように男の格好で、男として。
「自分で自分が何者なのか・・・分からなくなりそう。」
それがユニの不安だった。