㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユンシクにとって、ユニが生き生きと机に向かって筆を走らせているのは、安心と納得できることではあった。自分が頼りなかったがためにユニの娘盛りをキム家のために犠牲にさせた、それは口に出せば皆から叱られることが分かっているから言わないが、ユンシクが一生背負うべきものだった。その娘盛りに、本来ならば手に入れるはずだった安定した人の妻の座、母親になる喜びをユニは捨てて生きてくれたのだ。ユンシクにとって、姉であるユニがどんなに嬉しそうに本を読み、筆を弄びながら何を書くか考えているその陶酔した時間を楽しんでいようと、もう一つあった道を選ぶことすらできなかった事実が重い。
日誌を読み、当時の成均館掌議ハ・インスと彼と関わったすべての出来事を読むと、さらに頭が垂れた。ソンジュンたちとその当時の話をしていても、彼の名が出ると皆一斉に表情をなくす。それぐらいハ・インスという男にユニは苦しめられたのだと間接的に分かるぐらいの感情があるのだ。その時、ユニの傍に居た三人から伝わってくる。
味わわなくても良かったそんな負の経験と感情を、ユニは淡々と日誌に書き残し、そして今も元気に美しく自分が出来る事をして生きている。ユニの強さを想えば、好きにさせてやるのがいい、とユンシクはわかっているが、果たして今がユニにとって最良なのか、とは常に考えているのだ。
人の妻になって不幸になる者もいる。子に不幸を負わされる母親だっている。ただ、ユンシクも他の者もどっぷりつかる儒学の中で、夫に仕え、子を育て、家を守る女人こそが女人のあるべき姿であり、一番の幸せであるという教えがどうしても頭の中から去らない。生き生きとしているユニを見てもだ。
首をかしげることもある。ユニの友人先輩、三人のことだ。今は伊シクの友人先輩でもあるが。彼ら三人は家を存続させるべき両班の跡取りであり、将来有望な官吏として存在し、それこそ降るような縁談に晒されているはずなのだ。男にとっても妻を娶り子を生し、家を守ることが最も大切な在り方であると教えるのが儒学だ。ユニのことを深く思ってくれているのはよく理解しているが、生き生きと今を生きるユニ、一人立ちして生きていくべきだと思っているユニに、自分たちとの縁を強要しないのはなぜか、と思う。早く身を固めるようにとおそらく責められているだろう彼らが、その相手として望んでいる女人に手を伸ばさないのはなぜなのか。
姉上は、お三方の誰かを好きになったことはないのだろうか。
ユンシクの思考はそこに終着する。姉が誰かを好きであれば簡単なのだ。姉が望めば、どんなこともはねのけて彼らは姉ユニを娶ってくれるだろう。成均館の時からもう7,いや8年も経つのだ。ユンシクは姉のことも心配だが、三人にも申し訳なくて仕方がない。けれど、姉のことは良いので縁談をお受けくださいとも言えない。それはユニの彼らに対する想いが分からないから。もし余計なことを言って、ユニの心の底にある彼ら誰かに対する慕情を叶わないものにしてしまったらと思うと、下手なことは言えないしできない。
思い起こせ、と自分に命じる。隅から隅まで読んだはずの姉の書いた日誌。それこそ三人に問われれば、ユニにとって嫌な記憶でしかないあのハ・インスのことでさえ詳細に述べられるほどに、ユンシクは日誌を暗記し、自分のものにしてきた。それがユニに対する、そしてユニの日誌に対する一番の敬意の表れであり、そして一番ユニの目的にかなったことだったからだ。だが思い起こせ、と目をつぶる。その事実を書き連ねてくれた文字の中に、ユニの心の奥底が隠れていなかったか。彼らのことを記す筆に、想いが乗っていなかったか。どうだ。
ユニが続き物の最終話をユンシクに読ませたとき、ユンシクは読み終わった後聞いた。また新たなお話はお作りなんですか、と。一旦、期間をとるつもりなの、とほほ笑んだユニに、その日、ユンシクは提案したのだ。
ユニが経験した日々の物語を書くつもりはないのか、と。