㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
《王子ソンジュンが王太子妃の見舞いに突然やってきたという触れがあって、ユニは慌てて本を閉じた。王妃ももたれかかっていた脇息からゆっくりと身を起こし、傍に控えていた古手の侍女に衣服を直すように命じたところで、すぐに王子が入ってきてしまった。
ユニはその場で低く首を垂れた。王子は構わず王太子妃の前に座り、穏やかに体調について慰めの言葉をかけた。喜びに涙をそっと拭く王太子妃。ユニはおじゃまになっては、とそっと後ずさりし始めたが、すぐに停まらざるを得なかった。王子に問いかけられたからだ。
「妃に書を読んでやってくれていたのだね。体の優れぬ折、少しでも慰めになって助かる。私はそう多く足を運んでやれぬ故。して、何をよんでいたのか?」
「『春秋』でございます・・・。」
少し上げただけで顔は直視していないが、声音で驚かれているのは分かった。
「そなたは『春秋』を素読できるのか・・・?」
それには王太子妃が答えてくれた。
「私にはその読みが合っているかどうかはわかりませぬ・・・ですがユニは、一旦音読をした後、それが何を意味するかを私にわかるように訳してくれまする。」
ほう、と声を上げたソンジュンは、本を取り上げ、適当に頁を開くと、読んでみよ、と命じた。
ユニは仕方がなくその部分を音読した。読み終わると、訳してみよ、と再び命じられて、かいつまんだ解釈を述べた。しばらく黙っていた王子はユニに尋ねた。
「どこで何という師に学んだ?」
「いえ・・・兄の学ぶ場に共にいることを許されておりましたので、兄のあとをついて覚えてゆきました・・・。」
「兄とは・・・この者の実家は確かク家であったな?」
「はい。大層読み書きに長けておりまして、そちらの方に関してこの者によく助けられております。この度も何か読んでほしいと頼みましたら、このような本しか持っておりませぬと見せに参りましたので、確か王太子様がお読みの難し気な本とは思ったのですが、少しでも王太子様のことを理解申し上げたいと、学問の世界をのぞき見させてもらっているのでございます。」
半ばとりなすように王太子妃が口を添えてくれた。ほぼ事実であるが、隣の大国から入り始めた学問は、男のものだという認識がある中、余計なことをと叱られるのを覚悟で、ユニは身を竦めた。兄と、実家をかばわねばならないのだ。実家に、ユニを育ててくれたク家に迷惑はかけられない。
「そうか。妃よ、この者の読みと解釈は大層正確である。信用して教授を受けよ。そして・・・ユニと申したか。」
ユニは一層頭を下げた。
「一度そなたの兄か父と話をしよう。妃の傍で補佐を永くしてやってほしいものだ。」
頭を下げたまま、ユニはずりずりと後退した。言葉が終わった後、王子は王太子妃に話しかけたのだ。これ以上はお邪魔、と今度こそユニは部屋を脱した。縁側に出てようやく体を起こし、大きく息を吐いて立ち上がった。右手に掴んでいた本を胸に抱いて振り向くと、縁側のすぐ横に、お付きの侍従と武官が立っていた。その武官がじっとユニのことを見ていて、ユニはまたきゅ、と身を竦めた。
「ご苦労様でございます・・・。」
会釈をしながらすす、と縁側から降り、侍従と武官の背後で王子のお帰りを待とうとすると、武官に声をかけられた。
「持っておられるのは、『春秋』ではないですか?」
ユニは目を見張り、そして本を抱きしめた。女が本を読むのはやはりおかしいと思われるのだ、と身を固くして。
「いや・・・脅かすつもりではない。それは中々に難しいものだ。特に女人には縁のない本だと。どなたか外の者とのつながりでもあるのかと思って。」
「あの・・・兄が・・・差し入れてくれるのでございます・・・私が兄と一緒に書を学ぶのが好きだったので・・・いまだに兄にくっついて回っていた幼い娘だと思っているようで、菓子などと一緒に本も・・・。」
「ほう・・・兄とは?」
「ク・ヨンハ・・・でございます・・・えっ?!」
ユニは驚いた。武官が思い切り顔をゆがめたからだ。
「あの・・・。」
「ああ、失礼・・・ク・ヨンハ殿なら存じている。兄上に聞いてみられよ、ムン・ジェシンという名に心当たりはないか、と。」≫