㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ここでね、青春をもう一度貰ったんだよ、とアジョシはほほ笑んだ。ライブが終わり、客も帰り、クローズしたバーで、ユニとジェシンと共にグラスを合わせて、マスターも加わった小さな小さな送別会。マスター自慢のビザと、近隣の飲食店に頼んでいたフードを囲んで、寂しくも楽しいひと時を、とのマスターの計らいだった。
思う通りに音楽一本の仕事には就けなかった。生活しなければいけないから、音楽教師になった。一番の夢がかなったわけではないが、それなりにその時その時を夢中に過ごした。軽音楽をする生徒たちを応援し、クラシックで音大を目指す生徒の指導に目を回した。それはそれで楽しく美しい思い出だ。必死で駆け抜けた普通の人生。その後に手に入れた楽しい生演奏の仕事で、夢がかなったんだ、と。一回一回のライブの客は少なくても、自分のピアノが主役でなくとも、もう一人の演奏者と息を合わせ、紡ぐメロディが体も心も満たす。音楽を愛するフロアの空気を目いっぱい吸うと、生きている実感が湧いた。沢山夢を見ることができたのだ、ここで。楽しかった。ユニちゃん、いい歌をたくさんもらったよ、とアジョシは笑う。
ユニは今更になってべしょべしょと泣いていた。ライブではあんなに陽気に歌ったのに。アジョシの手を握って涙をこぼし、ほれほれとピザを口に放り込まれては息を詰まらせていた。そんな子供っぽい仕草を、いとおしそうにアジョシは眺めている。
「迷惑をかけたと気にしていたんだけど、新しいパートナーが見つかったとマスターに聞いて安心してたんだよ。儂はね、ユニちゃんのアボジより年上なんだよ、多分。そりゃ年寄りに学ぶこともあるだろうけどね、若者同士で刺激し合って歌うのがいいよ、絶対。」
ユニちゃんをよろしくね、と笑うアジョシに、ジェシンは神妙に頷いて見せた。
タクシーを呼び、ユニを先に乗せる。元気でね、と泣き顔でほほ笑むユニに、アジョシは固く握手をしてドアを閉めた。アジョシは近所のホテルに一泊するのだそうだ。もう引っ越しはほとんど終わり、今日は挨拶やその他の手続きのためにソウルに出てきただけなのだという。
もう終バスもない時間のため、ジェシンもタクシーを呼んでもらっていた。それを待つ間、アジョシはジェシンを眺め上げてうん、うん、と頷いていた。
「ユニちゃんね、歌は凄く上手いし感情を載せるのも上手だしね、いい歌い手だったけど、今日久しぶりに聞いたら、もっと良くなってたね・・・君のおかげだね。」
「・・・えっと・・・俺は何もしてないですけど・・・。」
しどろもどろに答えるジェシンに、アジョシはいたずらっぽく笑って見せた。
「君がユニちゃんのためにピアノを弾いてるってだけで、君はユニちゃんの役に立ってるんだよ~。うん。本当に、ユニちゃんがあんなに色気のある歌声を出せるようになったなんて、嬉しいねえ。」
「い!い!?いろっ?!」
あははは!と笑うアジョシとうろたえるジェシンの視界に、タクシーが近づいてくるのが見える。
「だから若い者には若いパートナーがいいんだよ。君もね、ユニちゃんよりちょっと若いとは聞いているけど、関係ないでしょ、今の時代。ユニちゃん可愛いよね~。儂みたいなアジョシに見つめられながら歌うより、君みたいな青年に見つめられて歌ったらそりゃ・・・色気も出るよ。せいぜい・・・。」
タクシーが目の前で停まった。にやにやと隣で会話を聞いていたマスターが手を上げて合図したのだ。
ポンポン、と肩を叩かれる。ドアを開けたマスターに押し込まれながら助けを求めるように顔を見ると、さらににやにやと笑った。
「頑張んな!」
アジョシの別れの言葉はドアの閉まる音とともに響いた。すぐに走り出すタクシー。自宅の住所告げながら振り向くと、アジョシとマスターが肩を組んで手を振っている。二人で飲みなおすのだそうだ。多分もう、会わないから。儂はそういう年齢なんだよ、とアジョシが笑っていたから。
そんな親父たちのおせっかいな茶々に、久しぶりに酔ったジェシンは振り回されてしまっていた。