㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
あのな、と男は居直った。
「会社勤めの身でよ、バーで歌う副業をするなんぞ・・・。」
「彼女がここで歌っていることは会社公認だ。皆知っている。」
「・・・毎回毎回、男に家に送らせてよ・・・お遊びが過ぎるってもん・・・」
「あんたがこんなストーカー行為をしなきゃ、彼女はバスに乗って帰ってたさ。」
「こんなこと!ネットで晒したらいいように噂されるに決まってんだろ!俺は写真だってたくさん持ってるし、お前のバイクのケツに乗ってるのだってこの間撮ってやったぜ!勤め先だって名前だって晒せる・・・。」
「そんなことするのはお前しかいないって白状してるみたいなもんだぜ。そうした瞬間にお前の社会的存在はおしまいだ。全部を訴える。お前だって俺に勤め先も名前も全部知られてるってわかってねえな。」
「お・・・俺はどうなったって・・・!」
「どうなったって彼女はお前のものになるわけないだろ。そんな嫌がらせを思いつく男を誰が好きになるんだ。お前そんなことする女のこと、好きでいられるかよ?」
「お・・・俺の方が先にキムさんを見つけてた!お前なんか後からいきなり入ってきて・・・!」
「あ?後も先もあるかよ。それに俺は彼女の演奏のパートナーであって、恋人でも何でもねえ。バイクに乗せて送ってるのだって、お前があんなてがみをしつこく送りつけてくるからだろうが。」
「うるさいうるさいうるさい!お前に俺の気持ちがわかるかよ!」
「分からねえよ。わかりたくもねえ。ただ、彼女への迷惑行為は辞めてもらう。」
「俺の勝手だ!」
男は自棄になったのか、ジェシンに突進してきた。背が低いためにジェシンの胸元に突っ込んでくるような姿勢だが。振り上げた腕が、一歩足を大きく引いたジェシンの手に捕らえられ、一気に捻りあげられた途端に、足も払われていないのにもんどりうって地面にうつぶせに倒れてしまった。
「腰が入ってねえんだよ・・・鍛えるなら下半身からだって知らねえのか?」
背中のど真ん中を膝で押さえつけて、腕は後ろ手に捻りあげたまま、ジェシンは息も乱さず声をかけ、そしてマスター、と呼んだ。
「すごいねえジェシン君・・・弁護士さんって護身術も出来るんだ・・・。」
「冗談言ってないで、警察呼んでください・・・。」
戦意喪失して泣き出した男の、路上の埃と涙で汚れ始めた横顔を見ながら、ジェシンは大きく息をついた。
「ジェシン君、あいつがジェシン君にとびかかるように誘導してたでしょ。」
「そんなことはないですよ・・・だけどこういうやつは、自分のしたことを棚に上げて、都合が悪いことは全部誰かのせい、何かのせいにしてしまう傾向があるらしいので・・・この場合は、ユニさんに自分が近づけないのが俺のせい、ってことにあいつの中ではなったらしいですね。」
「徹底的にユニちゃんの味方したもんね、ジェシン君。」
「当たり前です。ユニさんは何にも悪くねえ。」
ジェシンは一切相手に同調しなかった。わかる、分かるよ、などと頷いてやりはしなかった。ユニの敵としてしか扱わなかったのだ。お前は敵。俺はキム・ユニという女性の味方。そういう線引きを彼の前にはっきりと引いてやった。それが相手の最も悔しがることだと知っていてだ。
「・・・話を分かってくれれば別にそれで終わったんですけどね、不安だったんですよ。何しろあいつはユニさんの・・・。」
写真のデータを持っているのだ。スマホで撮っているということはそういうことだ。勿論はなしに応じたら即消去させることはできた。だが、違うところにアップロードしていたら、ちがうところに保存していたら。そこまで踏み込むことはできない。法の命令を持っていないからだ。それならば法にこの件を関わらせればいい。持っているデータを押収させれば、彼の個人宅を捜索させれば。
いいのだ。
大事にはしたくなくても、後に心配を残したくはなかった。けれどユニに危険なことをさせたくもなかった。ジェシンに男の攻撃が来たなら、迎え撃てる。それだけの体力も反応する力も、そして若さもあった。男がジェシンの挑発に乗ってくれたらの話ではあったが。頭に血の登ったやつは、短絡的な行動に出てしまった、それだけだ。
ジェシンは万が一のためにユニに断って被害届を出すための準備もしていた。ジェシンが代理人になることにしたのだ。今までの手紙も、防犯カメラの画像も。送りつけられたユニの私物もすぐに提出できるようにしていた。ユニがなくしたと思っていた過去一年にさかのぼる男が盗んだだろう物のリストアップもしてある。そして今回の『話し合い』の音声は、マスターがばっちりと録音してくれていた。勿論防犯カメラでも撮影済みだ。
「すみませんね、今日店を休ませて。」
「いいのいいの。ちゃんと土曜日から臨時休業ってドアに貼ってあるから。」
さすがに警察に出向かねばならないだろうことも見越して、ジェシンはその日は有休をとり、マスターは店を休みにしていたのだ。