㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「助かったよ~大成功だったねえ!」
マスターが皿を乾燥機に入れながら笑った。ジェシンはご苦労さん、と一杯酒をごちそうになっているところで、ユニはマスターの隣でグラスを拭き上げていた。
このバーはあまり遅い時間までやらないのだ。マスター一人で経営しているから。客もそれをよく知っていて、金曜日などはユニの歌が終わると潮が引くように皆帰っていった。ユニが着替え、ジェシンと一緒にスタジオの戸締りを確認してバーに降りてきたときには、もうマスターが閉店の札を扉に掛けていた。
「アジョシ、お悔やみに間に合ったかしら・・・。」
「そうだねえ、ソウルからはちょっと遠かったしねえ。でもお亡くなりになってすぐの知らせだろうから、大丈夫だよ。」
それでも気になるのか、マスターはスマホを後ろポケットから出して指を操った。お、メールが来てる、アジョシ、lineしないんだよね、とぶつぶつ言いながら画面を操作した。
「何々・・・『今日は突然休みを頂いて申し訳ありませんでした。こちらに着いたときには、もう葬儀場に父は運ばれていて、葬儀の段取りも近所の方が協力して決めてくれていました。ただ母が哀れなほど混乱していまして、しばらくこちらで後始末をしなければならないかと思います。葬儀は明日の昼ですので、またご連絡差し上げますが、とりあえず来週も休ませてください。ユニちゃんにも迷惑かけて申し訳ないとお伝えください』・・・そりゃそうだよなあ・・・。」
ユニとジェシンに聞こえるように読み上げたマスターは、仕方がないねえ、とあっさり笑った。
「ユニちゃん、どうする?しばらく休演する?俺さ、このバーをライブ演奏で有名にしたいわけじゃなくって、本当に俺の趣味でやってもらっているだけだから、人を替えるつもりあんまりないんだよね・・・今日はさ、ジェシン君がうまい具合にはまってくれたから楽しいステージになったけど・・・ジェシン君って他の仕事してるっしょ?」
急に振られたジェシンはうなずいた。
「まあユニちゃんも普段は会社の事務員さんだけどね。今の時代、コンプライアンスがどうたらって厳しいんでしょ?」
「ユニさんの会社はいいんですか?」
ジェシンが聞くと、ユニはにこにこと笑っている。
「小さな製薬会社なの。漢方薬を扱ってるんだけれど、家族経営みたいな会社だからあんまり厳しくなくて。私が学生時代から趣味で歌ってるのも知ってて、知り合いの紹介でマスターの店で歌わないかって言われたんですけど、って言ったら、いいよいいよ、って。」
俺は、とジェシンは少し考えた。ジェシンはそこそこ名の通った総合商社の法務部に勤務している。実は国家資格も持っていて、本来は検事や裁判官、弁護士になるのだが、将来企業関係の弁護士になろうと思っていることもあり、実務を学ぼうと一般就職をしたのだ。当然持っている資格は優遇の対象だったし、就職先の会社も実は知り合いの伝手があるところ。会社の規定をちょっとばかり思い出して、まあ趣味の範囲だと言えばいいか、バンド活動やら絵描きをしている奴もいるしな、と無理やり自分を納得させた。
要は、報酬をもらわなければいいのだ。
「来週ぐらいは付き合えますよ。趣味だって言えばいいし。元々俺の特技はピアノだって採用時にも堂々と書いてますし。」
「そうかい?!どうするね、ユニちゃん!俺は今日の演奏を聴いて息ぴったりのユニットだと思ったけどね!」
ふふ、と笑ったユニは、そうね、とジェシンを見た。
「私はとっても・・・気持ちよかったわ。体の芯がびりびりした。」
ジェシンはそのいたずらな瞳を受けて立った。
「そうですね・・・俺も久しぶりに指が走った・・・次の音が楽しみで。」
二人の応酬を手をもみながら聞いていたマスターは、エッチだねえ、と言葉とは逆にからりと笑って言った。
「じゃ、来週も頼むよ。曲はさ、このスコア、全部持って帰っといて。何するかはまた連絡するからさ!」
ファイルをドン、と渡されて、ジェシンはその分厚さに目を丸くしたけれど、スマホを出して連絡先を聴こうとしているマスターとユニに気付き、まあいいか、とにやりと笑って、自分の胸ポケットからスマホを取り出して振って見せた。