㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユンシクが知っているのはその辺まで。そしてユニがジェシン青年が去っていくのを見送っていた、その瞬間の目撃者となっただけだった。夕日に向かって去っていく背中は黒々としていて、逆にユニは夕日を真っ向から受けてオレンジ色に輝いていた。けれどその表情は寂しさに溢れていて。古い建物が取り壊されてしばらく放置してあった空き地をはさんで、二人の距離がどんどん遠ざかるのを、ユンシクは曲がり角の陰からただ見守るしかなかった。吹く風がユニの髪を揺らす。ゆらゆらと瞳が光っているようにも見えた。ふい、と曲がって彼の背が見えなくなってもユニはしばらく佇み、夕日が空に色を残しながらも沈んだ頃、ようやく足を動かして家路についた。それを見送って、ユンシクはしばらく後から帰宅したのだが、その時はユニはもういつものように台所で米を研いでいた。母が帰るまでに、米を炊き、汁物を用意するのはユニの仕事なのだ。
「それから・・・その男の人の話は我が家ではタブーなんだよ。」
彼と一緒にいるところを母に見られ、両親に説明を求められ、何を話し合ったかユンシクは立ち会えなかったが、数日両親とユニの間には悪い空気が漂っていて、どうするどうなると何もできないでいたところ、彼が去り、それから彼と会うことがなくなって、ユニはただの女子高生に戻ったのだ。
「聞けないね・・・。」
「聞けないんだよ・・・。」
でも両親が何を言ったのかは想像はつく、とユンシクは言う。
別にユニやユンシクの友人関係に、例えばお金持ちだとかセレブだとかの家庭の子女を選べ、などという両親ではない。けれど、今の世の中、元から生活に困らない人と付き合ったり、ひいては結婚する方が辛くないだろう、とは教師であるからこそよく言うのだ。小学校教諭の両親は、それこそ様々な経済状況の家庭の子供たちを預かっている。公立だからこそだ。毎日のように塾だピアノだ英会話だと習い事に精を出す家もあれば、給食費すら遅れて遅れて払う事しかできない家庭もある。プロスポーツ選手に育てるのに必死で学業をおろそかにする親もいれば、借金をしてでも子供にいい学校に行かせるために働き、勉強をさせる親もいる。最終的には経済力なのだ。
ジェシン青年の身なりは、肉体労働従事者そのものだ。そして、毎日そこで働いているわけではない、という言い草から見て、アルバイトなどの不定期就労者である可能性が高い。大型バイクに乗っていることから高校生のユニよりは年上で大学生以上の良い若者が、学生でないのにバイトの日雇いでしか働いていない。それがどんなに不安定なことなのか、当然大人の両親はよく知っている。深入りする前に、素性すらしっかり知らないような男とは、会わないようにしてほしい、そう思ったのだろうと推測はできるとユンシクは言うのだ。
「それに、恋人未満、って言ったけど、多分本当にそうなんだと思う。姉さんが帰りが遅くなるとか、嘘をついて出かけるなんてことはなかったんだし。でもお互いがどう思っていたかなんて、僕はわからないし。」
「でもユニさんは・・・他の男の人と対応が違ったんだろう?気を許してたんだろうね。」
「それは確かだけど。でも、取り乱すこともなかったし、あの空き地でのあの日だって。」
涙も、叫び声も、追いすがる言葉も、手も、振り返るしぐさも、立ち止まることも、次の約束を言い置くこともなく、二人はただ離れていったのだ。
けれどユンシクは時折見るようになる。ソンジュンも見たあの光景を。最初は空き地の向こうに沈む夕日を眺めていたユニ。今は工事が始まり、土地は整備され、基礎が打たれ、マンションが建つという看板が設置され、今、上へ上へとビルは伸びている。夕日もその隙間から見るしかなくなった。
彼との最後の思い出も、ユニから取り上げられてしまうのか。
「それが・・・僕にはちょっとさすがに・・・姉さんがかわいそうに思うんだよ・・・。」
そう呟くユンシクに、そうだね、としかソンジュンは返せなかった。