㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「王様の怖いお顔・・・一度だけ、拝しました。」
酒をひとわたり配り、下女を下がらせてから、ユニは皆の給仕をジェシンの傍ですることにしているらしく、ゆったりと座った。チマの膨らみでわかりにくいが座るとその下腹が膨らんでいるのが分かる。ユニは三に目の子を腹に宿していた。
婚儀を挙げてまだ五年ほどだろうか。三十路になったばかりのジェシンとソンジュンは競うように官位を上げ続けている。新人官吏の頃から、暗行御史を含め大きな仕事を何度もしている二人。よく子供を仕込む暇があったなあ、とヨンハがからかうほど、ジェシンとユニ夫婦は年子で男児を授かっている。ソンジュンはユニが二人目の子を授かった後にようやく婚儀を挙げ、両親を安心させた。ついこの間、長子が誕生したところだった。
ユニが酒宴に加わると、話は勢い昔のことにさかのぼる。ソンジュンもようやく、寂しそうな笑顔を見せなくなった。ソンジュンがユニのことを好いていたことはユニ以外には周知で、ユニが迷うことなくジェシンの求婚に応えたとき、ソンジュンは潔く身を引いたことに皆驚いたものだ。だが、気持ちはわかるよ、とヨンハは苦笑した。ユニの幸せを想うなら、ユニの意志を尊重し、その道を邪魔しないことも彼女のためなのだと、「あいつは知ってるんだなあ」。ヨンハはそう言って、そしてジェシンを祝福してくれた。よかったなあコロ!お前、最初からテムルのこと大好きだったもんなあ!この時ばかりは、ジェシンはヨンハを殴らなかった。後頭部を掻いて、そっぽを向いただけだった。そんな時を経て、ソンジュンが心から楽しそうな笑顔を見せるようになった。それだけ皆が大人になったということだった。
「いつ?王様はお前をからかってばかりいて、どちらかと言えばご機嫌なご様子しか覚えてないなあ?」
とヨンハが言うと、そうだね、とソンジュンも頷く。
「姉上はそんなに王様とお会いになる機会があったのですか?」
と聞くユンシクに、ジェシンが苦虫を嚙み潰したような顔でぶつぶつと教えた。
「お会いするなんてもんじゃねえよ。こいつ目当てに、お忍びで成均館に夜歩きに来られるんだ。寝ろって言うんだよな。」
「コロ先輩、不敬ですよ。」
「本当の事だろうが。」
「そうなんだよなあ、学問の上ではイ・ソンジュンに期待しているくせに、そのそばに居るテムルが気になって仕方がないんだ。すい星のごとく現れた優秀な野の花、王様を王と思わない態度をとるような臣下に囲まれてきたお方だ、王様の威厳に怯えて、仔犬のようにカランやコロの陰に隠れるのが面白かったんだろうなあ。テムルは違う意味で隠れてたんだけどな。」
「それは、僕の名を騙ってたから?」
「ええ。なんだか王様に何か見透かされている気がして、怖かったわ。」
「でも。その時のお顔じゃないんだろ?王様の怖いお顔を拝したっていうのは。」
ソンジュンが聞くと、ユニはうなずいた。
それはあの時。ユニが女人だと王様が知ったとき。王様の怒りはすさまじかった。
王様が期待し、可愛がっている儒生が娘だったと世が知れば、王様の目が節穴だと、臣下に、女人に騙されるお方なのだと、世が知れば・・・。
老論の両班の不正と罪を暴き、長らく王様の地位や命さえ脅かしてきた者たちを、王様の実父を貶めた者たちのしっぽをようやくつかんだと思えた時に、王様の口をふさぐ切り札としてユニが男装の儒生だということが使われたのだ。
確かに千載一遇の機会をたった一人の娘のために潰されようとしていることにも怒っていた。騙されたことにも。けれどその騙されたという理由の中で最も大きいのは、ユニのその頭脳への期待が裏切られたということの方だった。この国は、男だけが世に出て働く、そんな世界だ。男でなければ国を司る仕事はできない。儒学の教えだった。自分の元で、優秀な臣下として働いてくれるだろう、そんな期待をもっていた、野から見つけた新たな人材だと王様を喜ばせた、そんな儒生が娘だったとは。その期待が裏切られたことへの怒りの方が大きかったのだ。
目は真っ黒で、光がなく、顔は無表情に冷たく沈み。その表情が開いた扉から現れたとき、ユニは恐れ、怯え、そして覚悟が決まったのだ。自分にとっての学問を。自分の生き方を。誰にも肯定されなくても、それでもこの道しか選べなかった自分のことを、後悔はしていないと宣言することを。