㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
俺は焦ってて。
ギドはそういった。
「分かってるんだよ。大科まで君は頑張らなきゃならない。俺も頑張らなきゃいけないのは同じだ。君が選んだ生き方を、それまで邪魔するわけにはいかないことなんてわかり切ってたんだ。だけどさ・・・ここには。」
ちらと視線が泳ぐ。ギドはジェシン達が追ってきて、様子をうかがっていることなどしっかり気づいている。だが賢明にも、視線を三人の隠れる柵にやることはなく、またユニに顔を向けた。
「・・・ここにきて、自分の田舎臭さを思い知らされた。素晴らしい儒生が大勢いて、俺なんか、って思ったよ。君の周りだって見回してみろよ。イ・ソンジュン、コロ先輩、ヨリム先輩・・・皆甲乙つけがたい素晴らしい人たちだ・・・そんな人たちに囲まれてきた君に俺はどう見えているか、遠縁だ、過去に縁談があった、なんて事実はなんの役にもたたなかった、俺はただの田舎者の凡才だ、そう打ちのめされたんだ。」
そうかあ?とヨンハがつぶやいた。ギドは大層社交的な男だったとヨンハは思っている。地方出身だということも話題のきっかけとして上手に使い、相手に敵意を持たせないなかなかの人付き合いの仕方をするのを見てきた。学業の面においては、最初は成均館の講義の内容の濃さに四苦八苦していたようだが、今は要領よく切り抜け、上位にずっと、とはいかなくても中の上ぐらいで頑張っているはずだ。毎回の試験で順位が出るから、そんなこと皆把握済みだった。確かに、毎回壮元と次点のソンジュンとジェシンに比べるわけにはいかないが。
とびぬけた才能は確かにないかもしれない。容姿だって、すっきりとはしているが、目立つほどの美しさなどはない。だが、ギドは総じていい男である。ただ。
ヨンハは苦笑した。確かにねえ、とは思う。眉目秀麗なソンジュンとジェシン。少々種類は違うが。家柄も、頭脳も他の儒生から頭一つ、いや二つも三つもとびぬけている。比べる相手が悪いよ、とは同情するのだ。ただ、ギドの焦りの対象の中に自分が入っていたのは、まあ、ひとくくりみたいなもんだろ、と無視しているが。
「君の目に・・・男としての俺が入らなければ、俺は君の傍にいられないかもしれない、そう思うとさ、早く、早く、君が元の姿に戻れればいいのに、そう思ってしまってた・・・。君がさ、どんなに今懸命に演じているかを忘れてさ・・・。戻りたいのは君の方だろうに。」
「ギド兄さん。」
ユニはギドと出会ってしばらくしてからそう呼び始めていた。遠縁だから、おかしいことは何もなかったが。久しぶりに聞いた気がした。それぐらいユニはギドと距離をとっていたのだ。だからそう呼ばれて、ギドはあからさまにほっとした顔を見せたのだが。
「一つだけ訂正。僕は・・・演じてるわけじゃない。多分、今のこの僕も、本当の姿。」
ギドの放心したような表情が、三人には見て取れた。
「生きねばならなかったから、12の頃からこの姿で仕事を請け負うようになり、もう自分でも違和感などないのです。勿論・・・勿論忘れているわけではない、本来の自分を、と言いたいですが、ここにいるとき、僕はキム・ユンシクとして儒生であることを誇りに思っています。それが本心。儒生としてふるまうことに、何の無理もない、自然に僕は儒生になれた・・・。」
体は、とユニは呟いた。
「どうしようもないのですが。それに幼少時代に染みついた女人としての在り方はよくわかっていますし、こんな暮らしをしていても、ご令嬢などを見かけるとうらやましく思う時もなくはありません。でもね、ギド兄さん。」
ユニは胸を張ったようだった。
「成均館のキム・ユンシクとしてここにいることがこんなにも誇らしいなんて、入る前には思いもよらなかったんですよ。思う存分学問に没頭し、そして自分の力量を知り、さらに高みを目指す。そんな場に自分の身を置けたことがうれしいのも僕なんです。だから。」
ユニは言った。
「懸命に生きてはいます。でも演じてない。僕は僕。それを認めて見ていてほしい。僕はそんな風に人を尊重できる人がいることをここで知りました。」