こっちを向いて ちょっと番外 下 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟フォロワー様500名記念リクエスト。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 眠ったのはいつだったか覚えていない。起きたのが日がかなり高くなった昼に近い遅い朝。それも起き上がれないほど体が疲れていて、最終的に下女たちに世話された、暴れ馬コロの花嫁。午後一杯を、ちょっとだけ反省した花婿の膝の上に抱かれて過ごしたユニは、この世の幸せをすべて胸に抱いた、今まさに花開いた女人となっていた。

 

 起きたときに見えたのは、部屋中に散らばった自分の花嫁衣裳。勿論自分は何一つ身に着けておらず、隣で目を覚まして眠るユニを見つめていたらしいジェシンと目が合った瞬間、ユニは掛け布に頭まで潜り込んだ。潜り込んだはいいが、同じ床に寝ているのだから潜り込んだ先にジェシンの体がどっかりとあって、それも自分と同じ裸なものだから驚いて顔を出した時点で、大笑いしているジェシンにひょいと抱きすくめられた。

 

 湿り気を帯びた肌の匂い。低く愉快そうに響く笑い声。すべてが眠る前の営みを思い起こさせるもの。ユニはジェシンの胸に顔をうずめて真っ赤になった。

 

 

 ずっと囁かれていた。初夜の間中、ずっと。大きな手が肌を這い、唇が滑る感覚に我を忘れそうになるユニに、聞こえてくる大好きなサヨンの声。やっと。やっとだ。ようやく。本物のお前を。仮の衣装を脱ぎ捨てたお前を。

 

 見ていいんだな。

 

 ずっと見たかった。お前を。本当のお前を。キム・ユンシクじゃないお前を。でも見てはならなかった。だから目をそらした。胸の中でお前を見つめた。綺麗だと。お前が可愛いと。いとおしいと。言いたかったのに。見てはならなかったから、胸の中のお前を見つめて、あふれる言葉は詩に託した。全部俺の言葉だ。だが、誰にも見せてはならない言葉だった。ようやくだ。やっとだ。やっとお前に言ってやれる。生身の、目の前にいる、現実のお前に。綺麗だ。可愛いな。いとおしくて仕方がない。俺の傍にいてくれ。俺もお前のそばに居る。ずっとだ。やっと言える。お前を。

 

 お前の方を向いていいんだ。

 

 黒髪も、大きな瞳も、尖らせる唇もいとおしい。筆を握っていた指先が、今俺の背をかきよせているかと思うと涙が出そうだ。全部を見ていいんだな。全部に触れていいんだな。ずっとお前がそばに居て、けれど触れてはならなくて、それだけではなく、本当のお前を見てはならなくて。苦しかったのか、俺は?いや、苦しくはなかったな。お前が俺を呼んだから。俺が俺を見てはならないのに、お前は俺をたくさん呼んでくれた。お前の声が俺を呼ぶたび、俺は希望が胸に溢れた。俺を呼べよ、今も、これからも。俺はお前の男だ。やっとだ、ようやくだ。キム・ユニという娘の男に。

 

 なれたんだ。

 

 破瓜の痛みも何もかも、すべてがジェシンの言葉で和らいだ。ユニの体の上で、一編の詩を謳い上げた花婿。そんな幸福な花嫁など、この世に一人もいないだろう。花嫁を待ち焦がれた気持ちを謳い、見て触れられる歓びを謳い、そして熱い体で抱きしめ一つになった。その見事な結末の名残がこのくたびれた体だ。文句を言うことなど何一つない。

 

 こっちを向いて。その願いが完全に叶った昨夜。ユニの夫の胸は、ずっとユニのものだったと、言葉と体で教えてくれた。

 

 「この服は持っていたのか?」

 

 「お母様が・・・大事にとっておいた布で少しずつ縫ってくださっていたの・・・いつか私が女人に戻ったときに着ればいいと。」

 

 「着れたなあ・・・。」

 

 「ええ、着れたわ・・・。」

 

 何の変哲もない、ただ、母の気持ちが詰まった仕立て下ろしのチマとチョゴリ。色だって、薄い黄緑色のチョゴリに濃紺のチマだから華やかでも何でもない。けれどユニは光り輝く新妻にしか見えなかったし、花嫁を得た喜びにあふれる夫であるジェシンは、幸福そのもののため息をつく、ただの若者だった。ただの会話がこんなにも楽しいだなんて、今まで。

 

 「知ってた。」

 

 「知ってたよなあ・・・。」

 

 知らないわけないのだ。二人は言葉だけが気持ちを交わす手段だった。それも愛の言葉も恋慕の言葉も使わない、毎日の何でもない会話が、二人の気持ちを紡ぎ続けてきた。二人は。

 

 ずっとお互いを見てきたのに。

 

 それにお互い気づかないまま。だけどこうやって夫婦になれたのだから。

 

 「めでたしめでたし。」

 

 「サヨン、何のこと?」

 

 まもなく、花嫁を抱きつぶしたことで、外聞を気にする父親から怒鳴られることも知らずに、明日、会いに来る悪友にからかい倒される未来も知らずに、花婿は花嫁を膝の上に抱いて、物語の結末を幸せそうにつぶやいた。

 

 

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