㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「難しい問題だね・・・。」
帰宅したイ氏は、夕食後、ひとしきり愛犬たちを構ってから居間に落ち着き、夫妻でお茶を飲んだ。遊んでもらった満足で、ジェシン達はゴロンゴロンと転がってゆったりと時を過ごし始めていた。ユンシクはもう眠そうだ。予防接種などで怖い思いをして疲れたのだろう、うとうととユニとソンジュンの間に挟まって転がっている。ヨンハはジェシンのお腹に足を乗せてははじかれて、また乗せては蹴られて、という意味のない遊びを寝転がりながら繰り返していた。
「君は・・・避妊手術は気が向かないんだね?」
「・・・ごめんなさい・・・本当は多頭飼いの飼い主の義務だとは分かってるの・・・ユニちゃんがまだまだ子供だと高をくくってたのだけれど、もうそんなことを考えなきゃいけなかったのね・・・。」
ユニたちが生まれた家の人に言われていたのだ。こちらで避妊手術を受けさせておきましょうか、とも。だが断った。まだ幼い体にメスが入るのがかわいそうで。その時は今日のような気持にはならなかったのに。
イ氏はタブレットを持ち出して検索し始めた。レトリバーの飼育の仕方を始め、愛犬家仲間などの情報も見たりするため、犬関係の検索ワードがすぐに出てくる。その中で、繁殖、というカテゴリをたどると、大型犬と小型犬との発情期の違いなど、犬種によって細やかに気遣いをしなければならないことだとよくわかるほどの膨大な情報が次々に流れていく。
ヒートとも呼ばれる発情は、雌が生理になったことから雄が誘発されるのだ。今までイ家の犬たちに発情期がなかったのは、誘発する雌の存在が他になかったからで、別にヨンハやジェシン、ソンジュンが雄として大人しいわけではない、とイ氏は自分の無知に頭を掻いた。
なんとなく、何とかなるだろう、などと思っていたのだ。聞き分けの良い、賢い、性の穏やかな三頭だったから。仲良くじゃれ合って、健康で無邪気な子供のように思っていた。だが、違うのだ。自分たち飼い主がいくら子供と同じと思い、そう扱っていても、ジェシン達は立派な成犬で、繁殖が可能であり、それこそ今は最も繁殖活動に最適な若さを持っているのだ。雌のヒートに誘惑されないわけがない。
タブレットを一緒に見ていた夫人はため息をついた。しょんぼりしたまま、イ氏にもたれている。
子供を持つことがむつかしいでしょう、と二人そろって言われたあの時。泣いて泣いて、それでも何か方法が、と探して。けれど、不可能の方が可能性よりはるかに高く、お互いの体と精神を思いやると、二人の間にあきらめが漂った。情熱の温度が下がると、どうしてもやる気は失せる。イ氏は仕事に逃げることができたが、結婚して仕事を辞めていた夫人は落ち込みがなかなか戻らなかった。そんなとき、学生時代の友人宅でゴールデンとラブラドルレトリバーのミックスが生まれて引き取り手を探しているという情報が流れてきたのだ。ブログに載せられていた写真には、愛くるしい子犬が8頭。長毛も短毛もいて、みなぬいぐるみのように並んでいた。妻が目を輝かせたのを見て、イ氏はすぐに連絡を取り、見に行った先で出会ったのがヨンハ号。赤ん坊なのに、輝くような金茶の毛をふわふわとさせて、夫人の膝によじ登ってきたその人懐っこさに、夫人はヨンハを抱きしめて離さなかった。長く、楽しく共に暮らすために、と一歳になったら訓練所に行かせることを条件にし、目の前で予約をして、ヨンハはイ家の犬になった。一歳になるまで思い切り可愛がり、そしてやんちゃ坊主は訓練所で大人の犬になったのだ。
ジェシンもその友人の愛犬家つながりで紹介されたブリーダーから購入した。ヨンハは半年にもならない幼いころに引き取ったが、ジェシンは10か月になったころにイ家にやってきた。ほとんど同じころの生まれの二頭は体格もほぼ同じで、仲間ができたヨンハは喜んでじゃれついた。ジェシンも迷惑そうにしながらも一緒にいるところを見ると楽しかったらしい。そして追加で訓練所に予約を入れ、二頭は毎日夫人とともに通い、そして夫人に笑顔が戻ったのだ。
その笑顔を後戻りさせたくない、イ氏はユニの避妊手術をさせないことを決心し、どうしたらその時期を乗り越えられるだろうかと、方法を探ることにした。