楽園 その56 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟フォロワー様500名記念リクエスト。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ヨンハは唐突に思い出した。先日、ソンジュンと、恐れ多くもこの国の世子と差し向かいで酒を飲んだあの夜。ジェシンが王宮に帰ってからの三年間、そしてソンジュンと世子を交代することを父王に納得させた事情を聴きだしていた。

 

 非常に計画的で、けれど気の長いことだと思ったものだ。いつ日件できるかわからない世子交替という大事案を、外堀を埋めながら淡々と実行したのだ。機は、ユンシクの死だったのだろう、とソンジュンは推測した。知らせを聞いたとき、二人で弟のようにかわいがり、親友として親しんだユンシクを悼んだ。ひっそりと。その時もただジェシンはユンシクの早世を悲しんだだけなのだ。共に。だからと言って駆け出すことはなかった。

 

 駆けだしたかっただろう、とソンジュンは言った。兄上は何もおっしゃらなかったが、ユニ医師殿の心中を思い、傍にいて差し上げたかっただろうと思っていた、と。それも耐えられたのだ、と。世子という地位にいる限り、最後まで我は抑えられた、本当に素晴らしい兄上なのだと今思うのだ、と。

 

 「だが、ヨンハ殿。兄上は・・・。」

 

 ソンジュンは少し酒で赤らめた頬を緩めた。

 

 「ご存じかどうかは知りませんが・・・兄上は詩人であられます。古今の我が国の詩人などかすむほど、兄上は詩をたしなみ、お作りになり、そして愛しておられる。」

 

 「詩・・・漢詩か・・・儒学はキム先生に仕込まれたけど、漢詩は何も教わらなかったねえ・・・必要もないし。」

 

 詩人には様々な生き方をされた方が多いのです、とソンジュンはほほ笑む。

 

 「漂泊の人生を送られた方も多いのです。自らが一つの土地に縛られたくない性なのか、その詩に没頭する生き方が人から排除されて漂泊せねばならない生き方しかできなかったか・・・。それほど詩を作る方々の感性は人とは違うらしい、とヨンハ殿と同じく詩はほぼ門外漢の私もそう思うだけなのですが。」

 

 それだけではないのですよ、とソンジュンはつづけた。

 

 「その土地から一歩も動かず、その土地の空を眺めて詩を作り続ける方だっておられた。毎日の人々の生活を詩に謳われる方もおられる。身動きのできない廓の中から胸の想いを書き続けた女人もおられます。」

 

 兄上は、

 

 「足を折ったあの日、ユニ医師殿と出会い、動きを制限された中でもおそらく・・・。」

 

 ユニに手渡したであろう封書の中身を想う。あの村で解き放たれた兄の詩人としての才能。王宮でもジェシンの詩の才はほめたたえられていた。感性も技術も一流。だが、ジェシンの本当の詩情の指向は違ったのだ。景色を詠むだけでなく、韻を美しく揃えるだけでなく、偉大な先人たちを讃えるだけでない、ジェシンが美しいと、愛しいと思ったものを謳い上げる、そんな心の赴くままの詩を、ジェシンは。

 

 「書きたかったし・・・書けたのでしょう・・・ユニ医師殿の傍らでは・・・。兄上は。」

 

 生きる場所を見つけてしまったのです。

 

 「その土地で永遠に詩を書ける・・・いや、土地ではないな、その人の傍らでは永遠に詩情が湧いて出る、そんな居場所を見つけてしまったのですよ。ユニ医師殿のおられる土地が、兄上の・・・楽園だと知ってしまったのです。」

 

 酒を舐めて、ソンジュンは苦笑した。

 

 「けれどね、ヨンハ殿。兄上の凄いところは、その詩人としての激情を押さえるだけの理性をお持ちだったということですよ。世子としてこの王宮という人の欲が渦巻く場所で生きてこられた、その経験が、兄に考える時を持たねばならないと言い聞かせたのでしょうよ・・・。世子として育つということは、そういう事なのです。兄上はまごうことなき我が国の世子としてこの国の安泰の時を守り切り、私に静かに手渡しました。ですから私は大変なのですよ・・・そのように上手く乗り切った兄上を超えねばならないのです。そうでなければ兄上のしてのけたことが無駄になり、決断した父も、兄上も、あとを引き受けた私も、ただの愚鈍な王族になり果てるのですよ・・・本当に面倒なことを押し付けて・・・。」

 

 お幸せでなければ、怒りますよ私は、とソンジュンは澄ました顔を見せた。

 

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