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成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
幼い子であったからこそ、私はヨンシン兄上の素晴らしさが今も胸に蘇ります。学問をされる兄上の邪魔をする私を優しく手招きし、隣に座らせて学びのきっかけを与えてくださいました。決して邪険にせず、兄上の大事な書物をまねして読もうとする私を見守ってくださいました。庭を散策するとき、行儀悪く走り回っては転ぶ私を助け起こし、慰めて、逆に元気でよいとほめてくださいました。兄上のその優しさは私を取り巻く環境を整え、私が何も気にせず弟でいられるようにしてくださったのです。兄上ほどご自分の立場を理解していた少年はおられないでしょう。自分の一挙手一投足で周りの者の扱いが違ってくる、それをよくご存じで、私の幼き日々を楽しいものにしてくださっていたのです。
ソンジュンが知らない亡き兄の姿。心優しい少年だったとは母がよく話してくれていた。ジェシンより八つも上。ソンジュンが生まれたときに生存していれば、それこそ一回り近く違ってしまう。三歳ほどのジェシンに植え付けられた兄の優しさは、年齢差もあったのだろうが、それでもきかん気の強い年齢には似合わない寛容さを持った人だったのだと分かる。
長じるにつれて、私は悟ってゆきました。私は兄上のようになりたかった。兄上のように、義と礼を重んじ、自らの役割を果たしながら周りに感謝をする心を持ち、学問を身に着け精神的にも智に満ちた男となり、友に、家族に誠実に接して信を得る。そして何よりも、人を思いやり、万人を愛する大きな心を持つ者になりたい。仁を為すものになりたい、と。兄上は少年ながら、私があこがれるすべての徳をお持ちでした。兄上のように、いえ、兄上になりたかった。兄上になれると思っていました、何しろ弟ですから・・・。けれど、自分の性を知るにつれて悟ったのです。私の心は広くない。深く深く潜っていくことはできるのですが、それは自らの好むことにのみ。ごまかすことはできていたのです。けれど自分が恥ずかしかった。兄上の猿真似を誰かに見透かされるのではないかと怯え、自分をなくしていくことが怖いと思うことが恥ずかしかったのです。世子とは、そのような想いを封印して国のために育ち、そして父上の跡を継がねばならぬ立場なのです。けれど私は自分を恥じる気持ちと、それでも自分の性を替えられない頑固さと、その頑固な自分自身をなくす怖さを忘れることのできないわがままな気持ちを捨てることができなかったのです。形ばかり世子である、それが私でした。
父王とソンジュンは黙って聞いていた。ジェシンの初めての自分が足りだった。寡黙な彼が吐き出す心情は、迫力に満ちて、二人を黙らせていた。
狩りに行かせていただき、けがをしてご心配をおかけしたあの時、私には出会いがありました。一人とは申しません、村人すべてと言っていいでしょう。その中には子供たちが大勢おりました。大人たちの仕事の邪魔にならぬよう、固まって遊び、客が珍しいのか療養している私を良く覗きに来ました。体を使って働く大人ばかりの村の中で、けが人とはいえ何もせずにいる私は、彼らにとっては不思議な存在でした。ある日、言われたのです。ずっと村に居ればいい、と。共にいた医師殿が、私には都でのお役目がると言い訳してくださいました。すると子供たちは言うのです。では今その仕事は、と。代理の者がしている、と答えれば、じゃあその人にずっとしてもらったらいい、と。代わりの人ができる仕事なら帰らなくていいではないか、と。子供というものは、無知であると思っていましたが、だからこそ真実をまっすぐについてきます。そうか、と思ったのです。
私には代わりが、それも私よりもさらに優秀な代わりがいるではないか。いや、そうではない、私は。
私はつなぎだったのです。私が世子の「代理」をしていたのだ、と。この世に父上の治世をきちんと引き継げるものが育つまで、私はこの役目を戴いていたのだと。腑に落ちたのです。ここ数年くすぶっていた想いが。私はずっと思っていた。世子にはソンジュンがふさわしいはずだと。
子供たちが教えてくれたのです。