楽園 その45 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟フォロワー様500名記念リクエスト。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 背後は真っ暗闇。扉から身を差し入れてきた男を浮かび上がらせたのは、小さな家の中の灯一つ。けれどユニは間違えない。三年前からユニを夢の中で抱きしめて離さない男なのだから。

 

 道袍は纏っているが乱れ、笠はずれてしまっているおかげで髪があちこちざんばらになっている。外では馬が地を掻く音。けれど間違えない。ユニが待っていた男。

 

 男はユニを一瞬見つめた後、抱きしめた。勢いよく引き寄せてきつく。約束一つくれなかったけれど、それは言葉だけのことで。あの日、胸の熱と前夜にささげてくれた男の持つすべての心を現した詩が、男がユニのものだと教えてくれていたから、それだけでよかった。

 

 待てた。

 

 たとえ数十年後でもよかったのだ。彼が年老い、すべてを誰かに譲ってからでもよかった。自分が慕った男が、自分の元に簡単に戻ってこれる人ではないことを、ユニはよくわかっていたから。

 

 だから早すぎるぐらいだった。ユニの元にきたのが。ではもしかして、すぐに帰ってしまうのか。あの日のように。後ろ姿をどんどん遠くへ運んで、道の向こうに運んでしまうのか。

 

 ユニがその考えで身を固くしたとき、男は、ジェシンは呟いた。

 

 廃嫡になった。していただいた・・・俺はただのムン・ジェシンという男になった・・・。あなたに・・・キム・ユニ殿・・・あなたの傍にいることを許していただけないだろうか。

 

 耳元で囁くようにつぶやかれた言葉は信じられなくて。

 

 ユニは人生で初めて、衝撃で気を失った。

 

 

 

 頬を包む温かなものに気が付いて、ユニは目を開けた。そこは見慣れた自分の診療所の土間の天井で、うっすらとそれを眺めながら頬に当たるものに手を添えると、不意に目の前が暗くなった。

 

 「気が付かれたか?」

 

 覗き込んだ顔はジェシンのもので、頬に当たっている彼の大きな手だとわかり、ユニは身を起そうともがいた。もがいて起きてみると、ユニは彼の膝の上に抱きかかえられており、上がり框に腰掛けたジェシンが、ユニを抱きながら介抱してくれていたらしい。さらに慌てふためいたユニだったが、腰をしっかりと腕の中にからめとられていて、離れることはできなかった。

 

 「・・・ジェシン様、どうして?」

 

 「・・・どうして、何だよ?」

 

 すぐさま問い返されて、ユニは混乱した。どうしてここにいるの、何があったの、さっき何か聞こえたようだけれどそれは本当なの。何が一番に聞きたいかわからない。

 

 「・・・廃・・・廃嫡って!」

 

 「ああ、そのことか。」

 

 からりと笑うと、ジェシンはユニを膝の上に抱きなおした。胸にユニの頭を軽く押し付けて抱きしめる。

 

 「言葉通りだ。俺が世継ぎにふさわしくないと判断されたということだ。」

 

 「でもそんな簡単には・・・。」

 

 「そうだな。だから何年もかかっちまった。罪人になるわけにはいかないし、我が母を巻き添えにするわけにもいかないのでな、穏便に話し合いで決めるのに時間がかかったってことだ。まあ・・・感謝すべきは我が優秀なる弟殿にだ。」

 

 ユニは思い浮かべた。実家に立ち寄ると、楽し気に弟ユンシクと話をしていたジェシンの弟ソンジュンを。ユンシクが尊敬し、めったに感情を出さないユニの父がうなるほど優秀な頭脳を披露したという彼を。ユンシクはあのお方を大層好きだったわ、と懐かしく悲しく思い出したユニ。ユンシクの人生最後にできた、彼曰くの大親友。

 

 「弟が代わりに世継ぎとなってくれた。だから俺は用なしだ・・・。子供たちはえらいな。代わりにできる仕事ならずっと代わってもらえばいい、って俺に教えてくれたんだから。」

 

 代わりって、とユニは呆れた。次期王の代わりなんてそんな簡単に、と。

 

 「詳しくはおいおい話す・・・まずは返事を聞かせてくれ。俺を・・・あなたの傍においてくれますか、キム・ユニ殿?」

 

 気楽そうに話していたジェシンが、いきなり口調を替えてユニを覗き込んできた。返事なんか選ばせないくせに、とおかしい。膝の上に抱いて、逃げられないようにして、腰を支えて動けなくして、何を返事をしろと。

 

 「すきなだけ、傍にいてください。」

 

 胸のうちで喚いた言葉など虚勢で。ユニの返答はジェシンの胸の中に溶けていき、もう一頭の馬が診療所に着いたとき、二人は抱き合ったまま涙をこぼしていた。

 

 

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