㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「いや!初にお目にかかります!村長をしております親父はご挨拶させてもらってますが。ク・ヨンハと申しまして、息子でございます!」
そうにぎやかに現れた若者は、下げた頭をすうっと上げると声を潜めた。
「少々お話がございまして・・・ムン・ジェシン様ことイ・ジェシン様。いえ・・・世子様とお呼びするべきでしょうか。」
初めての来訪者に、護衛のため傍についていた武官が片膝を立てた。内官が顔を厳しくした。けれどヨンハという若者は微動だにせず、動揺もせず、ジェシンをひたと見つめている。
ジェシンは皇子であるため、当然李王朝の名を背負っている。だが、こうやって外にいるときは母の名を姓として名乗る。素性を隠すためだ。この村にも、ムン・ジェシンとして滞在していた。
「調べていただいて構いませんよう。この体のどこにも武器になるものは隠してませんし、大体、俺が敵う相手には見えませんよ若様は・・・俺は武術なんぞしたことありませんからね。」
にやりと笑って両手を広げたヨンハ。確かにひょろりとした若者だった。顔はきれいで衣服も上等なものを纏っているが、力強さは感じない。それでも武官は無言でヨンハに近づき、衣服の上から体を調べた。ぱん、と叩きながら全身を確認し、出てきたのは金の入っているだろう巾着と、今時分に必要ないだろう扇子だけ。申告通りの丸腰だった。
ね、と武官に片目をつぶって見せたヨンハは、体を調べるために立っていたが、にっこり笑ってまた座り直し、ジェシンに相対した。
ジェシンは日中は床には入らなくなっていた。厠にも介添えを伴って行くし、縁側に座って庭を眺める時間もある。片足を投げ出した状態で、ユニ医師が持ってきてくれた書籍を読むこともあった。わざわざ実家に行き、いくつか見繕ってきてくれたのだ。その中には、うちにはあまりないんですよ、と言いながらも探し出してきてくれた詩集もあり、ジェシンは大いに喜んだものだ。
「突然のお訪ねをお許しください。でもね、ユニちゃんから・・・医師のキム・ユニ先生の代理をちょいとしなきゃいけなくなってね。」
そういったヨンハは顔から笑いを消した。
「本日、あの子はここへ来ることができません。それをお伝えに。」
「・・・他に重病人でも出たのか・・・それなら」
仕方がない、と続けようとしたジェシンに、ヨンハはかぶせるように言った。
「いえ、あの子が今、床の中にいる。昨夜、患者の家から帰る途中、何者かに襲われた。」
は?!と声をあげたジェシンをにらみ、そしてまた片膝を立てた武官、驚きに体をこわばらせた内官を順ににらみつけて、ヨンハはつづけた。
「二人組の男に。村はずれの方に往診に行っていたユニちゃんは、幸いにも馬に乗っていたんだ。俺の家でしつけた馬でね。こちらにも乗ってきているあの馬はユニちゃんに仔馬の頃からとても懐いていて。詳細は分からないのだが、どうもユニちゃんを連れ去ろうとしたらしく、馬が男たちからユニちゃんを守るために駆けた。駆けて俺の屋敷にきたんだ。賢い馬だろう?」
ヨンハは淡々としゃべった。
「当然男たちは追いかけてきた。村なんて家がまばらにしかないからね、どこかで捕まえられると思ったんだろ。でもユニちゃんは軽いし、馬は若い。そりゃあ頑張って走って、どうにか屋敷についた。もう一つの幸運は、俺が昨日商売から帰ってきて、屋敷にわんさか男がいたことだ。」
「商売?」
「村の産物をさ、できるだけ金にしないと。金がないとできないことってたくさんあるから、ってことで、親父の代から自分たちで稼ごうとしてるんです。取引相手もできてきて、どうにか軌道に乗ったところ。まあそれはいいとして・・・とにかく荷車を引く男やら荷を守る屈強な奴らやら、村中の男がそこにいた。だから、ユニちゃんを襲った男たちは引き返したんだが・・・。」
「では、ユニ先生はご無事なのか?!」
内官が思わず口をはさむと、ヨンハは首を振った。
「屋敷に駆け込んだ馬はさ、すぐに停まれなくって蔵にぶつかったんだ。必死に馬にしがみついてたんだけど、さすがにその衝撃には負けたんだ、ユニちゃんは。馬の背から放り出されるように飛んで・・・蔵の壁に体を打ち付けた。」
「・・・意識は・・・?」
「今朝戻った。」
ほっとしたジェシンから、ヨンハは強い視線をそらさなかった。
「俺がこちらに伺ったのは、ユニちゃんが往診できないという連絡をしたいためじゃない。昨日、ユニちゃんを襲ったやつらだ。村の者じゃない。夜盗にも見えない。どう見ても…都の武官だったから。」