帰る場所 その18 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟フォロワー様500名記念リクエスト。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 さて、やっと帰れる!と伸びをしたヨンハ。王宮の門までてくてくと急ぎ足で行くと、店の下人が馬と共に待っていて、ヨンハを見て頭を下げた。

 

 お帰りなさいませ、という下人に、うん、とだけ返し、馬に乗る。

 

 王宮から店屋敷に帰るには、どうしても雲従街を通り抜ける。その方が近いのだ。人がごった返す夕刻前、馬を走らせるわけにはいかなかった。それでも馬を見て、乗る男がこの市をほぼ牛耳っている商人の跡取りだと知って、道を避けてくれるから馬は進む。声をかけられればほほ笑んで挨拶はするが、それ以上は今日は相手をしない。しないという表情を浮かべているだろうと自分でも分かる。相手もそれ以上会話を引き延ばそうとしないからだ。馬を引く下人も足を止めない。まっすぐに店屋敷に向かっていた。

 

 変わりのない繁華な市の様子。派遣されていた街も港町でそれなりに栄えていたが、人の多さと喧騒はやはり都が、雲従街が別格だった。ここで育ったヨンハにはそのにぎやかさが性に合った。俺の街だ、そう思う。

 

 道は人が馬を避けることでできていく。まっすぐに。その向かう先には店屋敷。ヨンハの城。昔は仕事をするだけの、寝るだけの場所だった。それでもヨンハの城で愛着はあったけれど、今はこの馬一頭の脚が通るだけの一本のこの道の続く先に店屋敷があることがうれしく懐かしくて仕方がない。

 

 こんな気持ちを持ったのはただ一度だけ。成均館を去るとき。若いヨンハの人生の中で、濃い時を過ごしたおよそ四年にわたる儒生生活を送ったあの場所。大科に受かり、大手を振って去るものにとって、晴れやかな旅立ちであったはずなのに、そしてせいせいするとかつては想像していたはずなのに。振り返った先にあった門が、たった数歩離れただけでも懐かしかった。あの門の中で、ヨンハは自由で不自由だった。何の責任もない立場でいられて、なのに世の中の様々な縛りには影響されたあの場所。成均館で出会った友、敵。学び、笑い、学び、いがみ合い、学び、悩み、学び、そして憎み、愛した。そんな日々を与えたあの場所。ユニに出会い、惹かれ、その手を取った大切な場所だったから。

 

 今は、大切な場所は決まっている。ただ一所。ユニのいる場所だ。ヨンハより小柄で華奢で、柔らかくていい香りがして、心を緩めてくれるきれいな声、抱き留めてくれる頼りなさそうなのに安心する彼女の温かな胸。大切なのは、懐かしいのは店屋敷ではない。本当に小さな、いわばユニと二人で寄り添うだけの範囲でいい。ユニがいればそこがその場所にかわる。

 

 女人は可愛いものだ。儚くて、美しくて、そしてしたたか。ヨンハは女体について詳しいと自分でも認めているが、ヨンハが知る女人とは、男をどうやって自分の虜にして、自分に金を落とすかを図る生き物だった。それを必死に画策するのを見るのが楽しかった。可愛くて、哀しい、と思った。そうやって生きているのが、儚くて美しいと思った。市で働くたくましい女将たちが、輝いて見えた。生きるために動かす体が美しかった。男はその生きる力に満ちたあの体の中心に帰ろうとするのだ、そうわかったのはユニを抱きしめたとき。初めて男を迎えることに震える体。華奢で細くて、頼りなく思えるその体に顔をうずめたとき、ヨンハの体には、性の喜びだけではない懐かしい胸の疼きが渦巻き膨れ上がった。俺は生きている、生きてこの人を愛して、この人の体に帰るのだ。それが分かって。繋がらなくても、一つ床でユニの体のどこかに、そう香る黒髪に鼻をうずめて眠るだけの晩でも、ヨンハの心は安らぎ、そして生命に満ちた。ああ女という生き物は、こうやって男を抱いてくれるのだ。その優しさで、香りで、生命を宿すことのできる腹で、生命を養うその豊かな胸で、生命に愛着を教えるそのまろい言葉で。

 

 ヨンハの命の下に。ヨンハは今、帰ってきた。

 

 

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