人喰いの里 その35 ~ある武官の覚書~ 最終話 | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟フォロワー様500名記念リクエスト。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 彼らの旅立ちの日、私は都外れでムン夫妻を待った。武官有志で贖った菓子・・・日持ちして軽いものと言えば干菓子だが、これがそこそこ値が張るので皆で出し合ったのだが・・・を旅の慰めに持って行ってもらおうという魂胆だ。ムン武官にではない。われらの任務に協力し、危険を冒してくれたかわいらしい奥方への餞別だった。

 

 ムン武官は・・・もう武官ではないがこう呼ばせてもらう・・・予想通り奥方をしっかりと抱いて馬に乗せ、現れた。大きな荷は先にク・ヨンハ殿に頼んで送っているのだそうだ。自分の分はたいしてないが、さすがに女人の物は多くなりますな、と快活に笑った。

 

 奥方となったキム・ユニ殿も顔を見せてくださった。馬に乗りなれない女人ゆえ、と乗ったばかりであろう馬を降り、いたわる姿は本当にほほえましい。ユニ嬢・・・いやユニ殿も貧しい娘姿でもなく、婚礼衣装に埋もれた花嫁姿でもない、優しい両班の婦人の、旅のためか濃い目の緑がかったチマを優雅に纏う、一人前の奥様となっていて、私も収まるところにおさまったとようやく先般の事件が終わった気分になったものだ。

 

 ユニ殿はことのほか菓子を喜ばれた。その喜びようを見て、ムン武官も喜んでいた。それがおかしくて、同僚たちへの土産話になると私もうれしかった。手を携えて任務を果たした同志なのだ、私と、ムン武官と、そしてユニ殿も。ユニ殿最後の仕事だ。それに立ち会えた私は、大層光栄だったと述べると、ユニ殿ははにかんで会釈してくれた。

 

 「街道は今、それほどおかしな話は聞かないが、気を付けて参られよ。」

 

 「天下の大道を行くんです。それに、任務ではありませんから、日のある間にしか移動しませんよ。」

 

 「それもそうか・・・。ならばあの山は横目に見ながら参ることになるな。」

 

 人喰い狐が戯れるあの国境の山は、街道の裏道だ。険しい山道は、何かから逃れる者、人の目を避けねばならない者のためにある。逃れる理由に穢れがあれば、あの山は容赦なく、山の持つ厳しさで通るものを罰する。そうやって我が国を守ってきてくれた聖なる山だ。

 

 「どちらにしろ山道はありますから、つ・・妻が疲れなければよいが。」

 

 初々しい新婚の花婿が、言葉に詰まる様子に笑いがこみ上げる。なんだい、ムン武官、もう数年来のお付き合いだろうが、と。けれど、ようやく手に入れた愛しい女人だ、大切過ぎてどうしようもないのだろう。

 

 「私は頑丈ですよ、サヨ・・・旦那様。お馬が疲れないようにしてくださいませ。」

 

 この子は二人を乗せて歩くのですもの、とつやつやと栗毛を光らせる馬の首筋をユニ殿は撫でた。大きく若い馬だった。ユニ殿を乗せるために選んだ馬だろう。この馬なら大丈夫でしょうと太鼓判を押すと、ユニ殿は嬉しそうににっこりとほほ笑んだ。

 

 出立する二人をその場で見送った。都外れから少し行くと、街道は小高い丘を登る。私が見送る場所から、その丘の上に集まる彼らを眺めることができた。しばらく何やらしていたが、やがて少人数であるが隊列を組み、彼らは出立した。先頭はイ・ソンジュン殿だろう、次が小柄な男性、キム・ユンシク殿か、どうしてそれが分かるかというと、下人らしき男をはさんだその次の男がきらきらと目立つ服装をしているためだ。ク・ヨンハ殿だ。その後ろにムン武官とユニ殿を乗せた馬が続く。しんがりは大荷物を載せた馬に乗った下人。丘の向こう側に次々に消えていく彼らを見守っていると、ムン武官がふとこちらを振り向いた。高々と手を振る。私も振り返した。彼らにとって、これからの人生の旅立ちと同義なのだ。頑張れ、無事に戻ってこい、そう願って手を振り続けた。

 

 ムン武官が丘の向こうに消えるとき、ふと見上げれば見える険しい山。今日は晴れている。だが国境付近に連なる山はまだ遠く、普段はかすんでいるのに、今日は山頂付近がはっきりと見えた。

 

 一筋、雲と見まごう霧がふわりと舞った気がした。

 

 山の神よ、神の姫よ、彼らの魂を喰った妖よ。彼らの魂は美味であったろう。しばらくはその味に酔い、戯れておられよ。彼らがお互いを大切に思う限り、あなた方の住まう山は清浄に保たれ、あなた方が腹を空かせることもないだろう。彼らを守り、この国に帰らせたまえ。

 

 

 丘から人影が消え、私は踵を返した。王宮に戻り、武官として生きる。私は私のすべきことがある。私のこの件に関する私的な備忘録はこれで終わるが、彼らのこれからの働きに、生き方に、私が注目し、影響を受けるであろうことを、最後に記して筆をおく。

 

 

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