㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「・・・終わっているみたいだな・・・。」
隊長の副官を任じられている武官が先頭で飛び込んできて、転がる三人の捕縛された両班、座らされた県庁内にいた者、土地の兵と、それらを前に縁側にどっかりと座り、かがり火に照らされて地獄の門番のようにゆらりと揺れているジェシンを見て息をついた。
ぺこりと頭を下げたジェシンは場所を変わるかの如く立ち上がったが、副官は頭を横に振った。不思議そうに自分を見る部下の武官たちに、見せてもらえ、というと、ジェシンに頷いて見せた、
「ムン武官は王様より勅命を受けての今回の任務。めったに見られないものだから、いい経験になるだろう。」
ジェシンが懐から出した馬牌(マヘ)。王が全権をその者に授ける証明の札。これを持つものには、そこが県庁であればその地域のすべての機関に命ずる権利を持つ。そして兵も同じ。
皆うっすらと知ってはいたのだ。この稀に見る秀才で家柄もいい若者が、やがて武官から文官へと転身し、自分たちを使う側になるのだと。ただ、彼はとても武骨で、武に対して熱心で、あまりにも兵の生活になじんでいたため、いつまでも仲間だと錯覚してしまいそうになるのだ。だが、彼はやはり大きく羽ばたくのだと、たった一枚の札を見て武官たちは確信した。王様がただの若造の武官に勅命など出すわけがない。彼にその仕事を全うする力があると信じたからだ。それだけの期待をされた若者なのだ。
それでもまだ、仲間だ。
「うは・・・初めて見た・・・お前こんなの懐によく平気で入れてられるな?!」
「何がです?ただの札じゃねえか。」
「これだよ・・・お前何人殴った?」
「そこに縛っている奴らはしゃべれる程度に念入りに。それとここに入りしなに抵抗した兵を2,3人・・・。まあこれはあいつらも仕事ですから勘弁してやってください。」
「分かってるよ、手当はさせたか。」
「まだです。」
面倒見てやれ、と一人が隅の方で仲間に支えられて座っている負傷した兵に近づき、そう命じた。おい、薬取りに行っていいかだとよ、いいですが、一人ついて行ってください、そんなやり取りが行われ、その場にいる者たちの身分の書き取りが終わったところで、副官はジェシンに指示を請うた。
「俺ですか。俺ですね。副官がしてくださいよ・・・。」
俺は、と言いかけて止めたジェシンの顔を、副官は同情を込めて見つめ返した。
そうだな、と思うのだ。ここの始末なんぞ、俺がすりゃいい、簡単だし、やることは決まっている。お前は飛んでいきたいんだろう、婚約者のところへ。
12名の武官たちは聞かされていたのだ。今回は極秘に囮捜査を行った。隣国が関わるややこしい事情があるからだ。そのため、ムン武官の婚約者の令嬢が身を張って囮になっておられる。必ずこの任務は成功させねばならぬ。
けれど、ムン武官は任務を全うせねばならないのだ。彼はそれを期待されているから。勿論人攫いの件は許しがたき蛮行だ。その解決のためだ。だが、この件の遂行が、ムン武官の力試しだと副官は察していた。彼が身内が巻き込まれてもどれだけ冷静に行動を起こせるか。それは彼がかつて身内を政争で亡くした経験を持ち、それも関連して少々世をすねた昔があったことまでは副官は知らない。だが、彼の父が身を潜めて仇を討つ機会を待ったような、そんな性があるのかどうか。それは魑魅魍魎うごめく朝廷で生き抜くために必要なのだと、ジェシンより人生経験の多い副官はどこか察していた。
「村役人、下人、下女、兵に部屋を分けて待機させてください。勿論飲食、厠は自由にさせてもらって構いませんが、県庁内の捜査の間は必ず部屋にいることを徹底。捜査する部屋は目星は付けてあります。あと、蔵の中の確認を。帳簿の租税の高と、この地の民が課された高に相違があります。里の者を何名か呼んだ方がいいがそれはあとでよいか・・・。見張りが二人、捜索に残りの武官を使わせてください。ああそいつらは・・・。」
ジェシンが縛られた三人を汚い者でも見るようににらんだ。
「今死なれても困るんで、自分たちの悪行のなれの果てを見ておいてもらいましょうか。ここの柱に一名ずつ縛り付けておきましょう。」
この役所、牢がないんでね、というジェシンの無表情な顔に、相当な怒りを感じて、副官はぞっとした。