㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
夏は過ぎていく。関係が変わった当初はもじもじしていたユニも落ち着き始め、ジェシンと共に図書館での時間を過ごしている。
所属したいゼミがある、とユニは何度も課題レポートを推敲していた。語学や、教職課程の課題もある中、一番時間をとっていたその課題。ふと席を立って書棚に参考文献を探しに行く。そんなとき、時折ジェシンは自分も書籍を探すふりをしてユニを見つめる。
電気と窓のカーテン越しに入る日の光。漂う埃がきらきらと光り、そこにたたずむユニを照らす。書棚を見上げ、一冊を取り出したユニ。その場で披き、目次を確かめ、パラパラと目的のページまでめくる。そして目で文字を追う。しゃんと伸びた背筋、傾けた首。時折瞬くその目が文字を追うたびに光に反射する頬のつややかさ。けれど、その表情の一番美しい部分はそこではない。視線が下がり、上がる。その時に宿る聡明な輝き。こぼれんばかりに湛えられている彼女の学ぶこと、知ることへの美しい欲が宿るその瞳の強さ、それが一番だ。
ジェシンが図書館で見つけたその美しい姿。今も、少し外見は垢ぬけたけれど、やはり同じ強い理知の光を湛えてこの場所にある。ジェシンの存在を知らなかったあの頃のユニ。ユニを見ているだけだったあの頃のジェシン。今その関係は変わった。けれど変わらぬその美しい知への姿勢にジェシンは喜びを感じる。
ただジェシンは欲のある男なので。恋人に触れないでいられるような淡泊な男ではないので。けれど自分もちょっとばかり腰を据えて戦わねばならない時期で。ふわふわと恋に酔ってはいられないのだけれど。
書棚にたたずむジェシンの美しい彼女のそばに寄って、彼女を書棚に壁ドンするぐらいはしてしまうのだ。
「・・・びっくりした、先輩・・・。」
「探し物は見つかったか?」
「うん。この本も読んでみようかなって・・・。教授の推薦図書にはないんだけれど・・・。」
「何でも読んでみりゃいい。どう解釈するかは人それぞれだ。」
「うん。読んでみます・・・。でもどうしたの、先輩?」
「この広~い図書館でよ、迷子になってんじゃねえかと思ってよ。」
「そんなわけないでしょ!」
「それに、薄暗い場所でよ、誰かに絡まれてんじゃねえかってよ。」
「人がいる図書館の中よ?」
「分からねえぞ、実際見ろよ。」
意味ありげに周りに視線を投げてやる。
「・・・いない・・・。」
「だろ。俺がこうやって。」
本を胸に抱えるユニにの顔の近くまで、すうっと顔を近づけたジェシン。
「お前を隠してしまえば、何だってできるぐらいには、人の目がないんだからよ。」
真っ赤になったユニの頬をちょんとつついて解放してやる。図書館で不埒なことをするつもりはない。不埒なことは国試の後にお預けだ。ジェシンが勝手にそう決めた。ユニは知らない。ふわふわしていられないのだ。だが、一緒にいて心休まる可愛い恋人と、一服ぐらいはしても許されるとは思っているから。
「休憩しようぜ。クーラーは涼しくていいけどよ、喉は乾くな。」
ついでに一服、と顎で誘うジェシンに、ユニは真っ赤な顔のまま頬を膨らまして声にならない抗議をする。
「そんなに裾引っ張んな!伸びる!」
場所柄全部全部小声でのやり取り。声にならないユニの抗議はジェシンのTシャツの裾に八つ当たりされた。そして八つ当たりされながらジェシンはユニをそのまま連れていく。
本は席に置いて出た外。強い日差しを避けて、入り口にある自販機で買った飲み物を片手に木陰に入る。座りっぱなしだったから、行儀は悪いけど立ったまま。そしてジェシンはポケットから煙草を出して火をつけた。
立ち上る煙を嬉しそうに見るユニ。煙がかからないように、ユニがいない方にはくのだけれと、無駄よ、とユニは笑うのだ。
「先輩は最初からたばこのかすかな香りのする人だったわ。言ったことあると思うけど・・・わたしこの香り、嫌いじゃないの。」
懐かしい父を思い出させる香り。今は恋人の香りに変わりつつある。一度だってこの香りが嫌なものだったことがないのだと笑うユニを、それでも空に向かって煙を吐き出しながら、ジェシンはそっと肩を抱き寄せて優しく抱きしめたのだった。