㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
まだ会ったのは数度。いつも商売の話をするのは、この男の下の者たち、我が国の出店にいる者たちだ。毎年ではないが、一、二年おきに直接の商談に来るこの男の名をク・ヨンハという。
こちらは隣国の特産、高麗人参が定期的に欲しい。それには確実な窓口が必要だった。国同士の取引ではこちらには何の利益もないし、全く手に入らないことも多くあった。だが、産地と手を組んでいるこの商団となら、と噂を聞きつけ、それでもなぜか我が国の他の商売人との関りがはっきりと聞こえてこないことに不審を覚えながらも、別に逃げも隠れもせず都に堂々と出店を構えるこの商団と小さいものから取引を始めて数年。ようやく本来の目的高麗人参の取引ができるまでに関係を深めることができた。これも、こちらに来たこの男と直接商売をし、こちらも隣国に出向いて話をした努力の結果だと思う。
「しかし、これほどの量を一度に取引できるとは聞いたことがないですなあ・・・。どうして私のところに売ってくださるんですか?」
自分より年下のこの男に、丁寧な態度を示すのは、やはり今回の取引が特別だと理解しているからだ。それに、若くて、ひげがなければつるりとした青年でも通りそうなおきれいな顔をしているこの男が、数年自分たちのような大国の商売人を相手にのらりくらりとうまく相手をしてきたその手腕に、凄腕の商売人だという感想も持っていた。
「そうですね。まず、大変失礼ですが、今まで商売においての約束を守られるかどうかを見せていただきました。それから、私共に対して、不公平な取引を要求しないかも確認させてもらいましたから。」
これにはこちらは苦笑するしかない。我が国と隣国朝鮮は、国力がまるで違い、ほぼ属国のような気分でいる者も多い。それが態度に出るのだろう。値を叩いて買い上げたり、法外な値で売りつけたり、それこそ踏み倒したり、という輩がいることは十分知っている。
我々はそのようなことはしない、と約定を交わし、けれどこの男の用意のいいところは、今回の高麗人参の取引に関しての約束事をきちんと書類として作成し、お互いに印を押しあったところだろうか。値は取れ高に左右されるから明記できないが、いわゆる底値をある程度の値から譲らなかったその駆け引きには、こちらも折れるしかなかったのだ。それぐらいこの商品は手に入れづらい。
約定が成ると、手を叩いたク・ヨンハ。取引は彼の店の客まで行っていた。すると待ち構えていたかのように酒器が運び込まれ、美しい器に肴が並べられた。
「取引成立の祝いですよ。一献受けてください。これからもよろしくお願いいたします。」
そう酒を注がれて杯を上げた後、
「いや。大きな取引を結べたのはこちらの方。実は妓楼にお誘いしようと思っていましたが先にごちそうになってしまいましたな。」
そういった。この男がなかなかの艶福家だと、かの国で接待を受けたときに、そこの女が言っていたという。言葉を訳してもらってのことだが、もっと若い時はとっかえひっかえ妓楼の女を食っていたと。だから今日も、行きつけの妓楼で一番若く一番美しい女を用意しておくように言いつけてきていたのだ。
「はは。ありがとうございます。」
「きれいな娘が揃ってるんですよ。後ほどご一緒にいかがですかな?」
するとク・ヨンハは笑った。
「いや、ああいう席は好きなんですよ。バカ話もできるし、若い娘さんが芸を見せてくれますから目の保養ですよ。ですがね、妻を娶ってから足が遠のきましてね。」
「お若いのに。となると・・・奥方様が悋気を起こされるのかな?」
「いやあ、仕事で行くのに文句を言うような妻ではないんです。ただ・・・私がね、ダメになりました。」
だめに、とは。
「私の妻は、大層美しいのですよ・・・いや、自慢のようになってしまいますが・・・自慢だな。いや自慢させてください。」
「おお、奥方様にかなりほれ込んでおられますな?」
「ははは!もうね、私が触るのなんか申し訳ないぐらい神々しい・・・言いすぎか?でもね、そんな気分にさせられた女人だったのです。」
商売の話の時の薄笑いとは違う、優しい表情を浮かべたこの男は、ほほ笑んだ。
「苦労をしてきた人で、けれど賢く、優しく、誇り高い両班の女人であり続けていました。私は本当に妻に支えられています。妻が私のところに来てくれたのが、今でも夢の様なんですよ。」
ですので。
「もう他の娘に目が行かなくて。帰ったら私だけの美しい女人がいるんですよ。正直、国一だと思いますね・・・もちろん清国の女人もお美しいが、もう私は妻に目が眩んでますのでね、顔かたちがどうであれ、皆同じに見えるんです。」
ク・ヨンハという男。ひげがなければ青年のようなつるりとした男。だが抜け目ない商売人。しかし信頼できる商売人。そしてもう一つ認識すべきことが増えた。驚くほどの愛妻家。
今後、この男への接待は、奥方への土産物になる、と私の胸には刻まれたのだった。