㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
同じ部署にいる同僚イ・ソンジュンは、最近待望の第一子が生まれたらしい。俺はたいして親しくないので、通り一遍の祝いを申し述べただけだが、彼はいつもの能面顔で丁寧に礼を言ってくれた。仕事のできる頭の切れる男だと思っていたが、同時にその家柄とおそらくこれから俺たちのような平凡な官吏など置いてきぼりにしてどんどん出世していくだろうことが分かるので、どこか別世界の人間のように思っていたから、その礼儀正しさにちょっとばかり驚いた。
よく観察してみると、彼はあまり親しい者を作らないようだった。彼と親しくなりたい者は多い。同じ派閥の者は特にそうだろう。彼が高い身分になったとき、彼に認められていれば出世の糸口になる、そう思っているのがまるわかりだ。ああ、だからか。彼はきちんと応対をするが、仕事の邪魔は決してさせない雰囲気を醸し出しているし、時間になればさっさと帰宅する。飲みの誘いにも応じない。まず声をかけさせないのだ。成均館時代からの二、三の友人は別のようだが、その友人たちも将来有望な優秀な者たちで、なかなか時間が合わないようだった。とにかく、仕事以外で彼の声を聴くことは稀、それが俺の印象だった。
珍しく彼と部屋に二人っきりになる日があった。俺は黙々と自分の書類をまとめ、一息つくと、同じようにふうと短く吐息の音が聞こえて目を上げた。すると、筆をおいたイ・ソンジュンが俺の視線に気づき苦笑していた。
「申し訳ありません。聞こえてしまいましたか。」
「そのような書類など、大した労はないだろう?」
ため息を聞かれたと察したイ・ソンジュンの言葉に、俺はついそう言ってしまった。嫌みに聞こえたか、と言ってから気づいたが。彼はその優秀さゆえに、初めての仕事でも必ずできるだろうという重い期待を背負わされている。同じ部署だからそれを知っているというのに。
「いえ。このような書類は・・・俺よりもずっと得意な者を知っていますので・・・。間違えないようにと思うと、なかなか緊張しますよ。」
彼が言うその人は予測できた。親友だというキム某。なかなか顔のきれいな青年だと、イ・ソンジュンと一緒にいるところを見たことがあるから知っている。
そう指摘すると、穏やかに頷いたイ・ソンジュン。けれど驚くべきことを言い出した。
「キム・ユンシクは非常に達筆で、それだけでなく書く速度も速いのですよ。そして間違わない。頭の中で文が整理されるんでしょう。まとめて一気に書く。なかなかできないことです。」
「君が言うほどだからかなりの能筆だね。」
「ええ。王様がお褒めになるほどです。けれど・・・。」
少しためらったように口ごもった後、イ・ソンジュンは話し出した。
「彼のその筆の確かさ美しさというのは、彼の姉・・・俺の妻が教えたものなのです。彼もよく言います、姉上にはまだまだ及ばない、と。そして俺もそう思います。」
驚いた。そして思い出した。そのキム某は大層貧しい家の子息で、病弱故学堂にも通えず、小科に受かるまでの間、彼の姉が教育を担ったと。けれどそんなことは多少誇張されるものだ。嘘ではないだろうが、真実でもないだろうと思っていた。
「今も、生まれたばかりの息子のために、千字文を用意し始めています。屋敷内の采配もあり、息子も乳母がいるとはいえ自分でも面倒を見てやりたいようですし、忙しいから時がかかると言って。息子の顔を見に来てくれたク・ヨンハ殿など、『売ったらどうか』などと書きかけの紙を見て笑っておられましたから。」
「よい奥方なのだね・・・。」
「はい。」
とイ・ソンジュンはほほ笑んだ。俺が初めて見た彼の自然な微笑みだった。
「賢く、優しい女人です。妻と出会えて、本当に良かった、と思います。」
軽い世間話のつもりが、盛大なのろけを聞いてしまった気がする。ついでだから聞いておこう。何しろ俺は彼とは派閥違い。取り入るつもりもないから、ご機嫌取りもしなくていいし。あ。争う気はない。勝ち目はないからね、彼自身とも、彼の家とも。
「しかしキム君は大層きれいなお顔立ちだったと記憶している。君の奥方もおきれいなのではないかい?」
単なる好奇心だよ、という顔をして聞いてやると、彼は嫌な顔も見せず、ふい、と視線を空に飛ばして言いやがった。
「キム・ユンシクによく似ていますよ・・・けれど彼よりももっと美しい・・・子を産んでからはなお・・・。」
イ・ソンジュンが頬を赤らめた顔なんて、この部署じゃ俺しか見たことないんじゃないかな、ってのが、こののろけ話を聞かされたお駄賃ってとこじゃないかな。