Love Affair その10 ~ジェシン編~ | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「へえ。奥様ねえ・・・。」

 

 俺がかよ、と笑い声を漏らす不埒な男がユニを抱き込んでいる。前と同じところで待ち構えて、前と同じところに連れ込まれて、そしてまた腕の中に閉じ込められて。

 

 「・・・私にほかにどんな言い訳ができるっていうんですか?」

 

 ユニは膨れた。怒るなよ、という声も笑い交じりだ。

 

 

 ジェシンもあれからチョルスの調べもあり、少しばかりユニの生活についての知識が増えていた。ほとんど外出をしないこと。どうも実家とはつながりがあること。隠居の大奥様の大層な気に入りで、隠居所である屋敷では丁重に扱われる身であること。

 

 王様の仲介での奉公だということもあるのでしょう、とチョルスはしたり顔で言った。なかなか役に立つムン家の次期執事で、周りの評判から、主家の状況まで調べてきていた。あまり勢力の強くない老論の家だが、それこそ大奥様の降嫁時の持参金や土地のおかげで資産は豊かな家。当主は地味に官吏として中間職にいて、これ以上の出世はよほど金を積まない限りないだろう、というところまで。先年、当主の妻が亡くなったが、跡取り息子もすでに小科を受けるところまで育っているので、家としては安泰であること。

 

 両手を差し出すチョルスにまた巾着ごと金を与えておいて、耳をすませとけ、とだけ言った。これ以上嗅ぎまわると、向こうに気づかれるかもしれないから。かしこまりました~、と軽い返事をして引っ込んだチョルスに、一つ舌打ちだけはしておいてやったが。

 

 

 今日はジェシンの懐には詩集がある。少々古い詩人のもので、固い言葉選びが格調高い。ユニにそれを見せてやると、瞳をきらめかせて頁をめくった。

 

 勿論ジェシンの膝の間に抱いたままだ。その態勢になる瞬間には少し抗うくせに、こうやってユニの喜びそうなものをちらつかせるとてきめんに機嫌を直す。久しぶりなのだろう、漢文を読むのは。大衆草紙はすべてハングルだ。だが、成均館での学問はすべて漢文だった。ユニにとって、学ぶことはまず字から始まったはずだ。美しい彼女の筆致は、父親の本を写すことから始まり、その文を脳髄に叩き込みながら進めたはずだ。ユニの心と体に染みつくその呪縛がなくなっているわけはなかった。

 

 「とても雄大な詩・・・。サヨンこれは・・・?」

 

 ユニがそう聞くので、ジェシンは彼女の頭の横にぬうっと顔を突き出してやった。肩に顎を乗せて。

 

 「黄河の流れを詠ってるからなあ・・・。これは地平線との対比だが・・・。」

 

 ユニの体が少しこわばったのが分かった。しっかりと肩を抱かれ、それこそ背中は胸に預けたまま。これ以上の密着はないのに、さらに頬がふれるほどの近さにお互いの顔がある。

 

 意識しろ。そうだ、俺を意識しろよ。

 

 思わず唇を奪った再会のあの日。ジェシンは腹をくくったのだ。

 

 この再会がどんな意味を持つのか。それを決めるのは俺たちだ。誰にも決めさせない。俺たちが決めて、二人の先を作る。

 

 恋人同士ではなかった。ただの先輩後輩。そしてその関係の時、男女ですらなかった。男同士としてかかわりあっていた。焼け木杭に火が付く、のではないのだ。ジェシンとユニは、始まってもいなかった。

 

 だが、それは始めなかったからで。ジェシンの胸にはユニが沢山いすぎて、他の女人など目にも入らずに生きてきたのだ。男でも女でも、ユニはジェシンにとって大切な人だった。女人だと知っていたから、将来を考えてしまった。けれど考えたのはジェシンだけ。それはそうだ。ユニは自分が女人だと知られていないと思っていたのだ。それに、弟と入れ替わったら、静かに身を引こうとしていた。そこまでが彼女の計画だったから。彼女から始めることなど、絶対にありえなかった。始めなかった罪は、ジェシンにある。

 

 

 ジェシンは知らぬ顔でその詩を解説してやった。するとユニのこわばりがすうっと抜けた。一緒に同じ字を追う。その一体感があまりにもうれしく懐かしく、そして字を追うユニの横顔は理知に満ちて、相変わらず美しかった。

 

 大きな手で頬を撫で、ぐい、と自分の方へ顔を向けさせた。

 

 抵抗はなかった。部屋にはしばらく、二人の息遣いだけが響いた。

 

 

 

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