(ソンジュンがユニの胸のふくらみに気づいた当たりの話です)
昨日成均館に帰ってきたソンジュン。嬉しそうなユンシク、ジェシンには無言で迎えられたが別に何も言われずに、中二坊に当たり前にソンジュンの場所は空けていてくれたのが彼の気持ちだろう。
ヨンハは軽く肩を叩いてにやりと笑ったが、こちらもそれ以上は何も言わなかった
まるで何も変わっていないかのように夜は更け、そして朝が来た。
けれど、ソンジュンは変わった。誰も気づいていないが。いや、ジェシンとヨンハは少しばかりわかっているのかもしれない。だがユンシクは全くソンジュンの変化に気づいていないだろう。
成均館の朝は、斎直の鳴らす起寝(キチム)の合図で始まる。それが鳴ると皆ごそごそと寝床から起き上がり、斎直たちが縁側に運んでくる水で洗面するのだ。部屋にある自分用の桶を持ち、縁側に出るユンシクを追って、ソンジュンもまだ寝転がっているジェシンの足元を通って扉を開けた。
ソンジュンは起こされるより前に、自らが決めた時刻に起きている。静かに座り、一日の始まりに読書をする習慣は、成均館に来ても変わりなく続けていた。それも変わりないソンジュンの姿。
だが、とソンジュンは桶に水を入れてもらうユンシクのかがんだ背を見下ろす。
こんなに心乱れた読書の時間など初めてだった。目は字を追っているのに、何も頭に入ってこなかった。なぜなら、ただ見ないように本を盾にしただけなのだから。目の前の、ユンシクの寝顔が目に入らないように。
ソンジュンは知ってしまったのだ。キム・ユンシクというソンジュンの親友が、同室生が、抱えている秘密を。見てしまったのだ。今桶にかがみこもうとしているその胸元が、本当はやわらかく膨らんでいることを。
つい数日前、野遊会にやってきていたユンシクと会った。ソンジュンはその時、ユンシクに自分が持つ気持ちが、本来は男に対して持ってはならない恋情のようなものではないかと恐怖して、成均館から去っていた。そして閉じこもっていた書院の傍に来た成均館の儒生一行の中にいたユンシクと川べりで再会したのだ。
逃げようとした。それを追ったユンシクが川に落ち、蘇生しようとして緩めた胸元に見たのは、豊かに盛り上がる胸乳とそれをきつく抑え込むように巻かれた真っ白な晒。おそらく性を偽る罪を恐れて隠し通しているユンシクの秘密。そしてそれはソンジュンの持つ気持ちを許す秘密でもあった。
男だらけの成均館にいるユンシクを守るために、ソンジュンは帰ってきた。できればここから出したい。けれど、ここにいる必要のあるユンシクを説得できる自信はない。だから傍にいるしかなくて、けれどその秘密を知っているとユンシクには告げていないから、それ以上はできなくて。今まで通り友でいて、傍にいればいいと思っていたのだが。
好きな女の傍にいることがこんなに大変だと思わなかったのだ。寝顔はこのようにかわいらしかっただろうか。まつ毛はこんなに長かったのか。そんなことを考えたら、本など読んでいられなかった。
そして思う。
ユンシクが桶に手を入れた。隣で水をもらいながらこっそりと眺める。こんなに手は小さかったか。何という細い指。折れそうな手首。毎日見ていたはずなのに気づかなかった俺は何という鈍感な男なのだ。こんな繊細で小さな手指を男が持つわけがないのに。
冷たい水に気持ち良かったのか、洗った顔を拭きながら空に向けた。手ぬぐいが顔から喉に滑り、こぼれた水をふき取っている。手ぬぐいが離れてわかるその白い喉に、突起はない。のどぼとけなど、どこにも見当たらない。
こんなにもユンシクは女人なのに。ああだから。
だから俺はユンシクに変な気持ちになったのか。ユンシクの女人であるしかない部分に、俺はどこか気づいていたのか。
「暑いから顔を洗うとさっぱりするね!」
明るく、皆より少し高い声が聞こえる。そう、皆より高い声なのだ。少しばかり華奢なせいだとしか思っていなかった。
「・・・そうだね。目が覚めたよ。」
おはよう!改めて笑うユンシクに、顔をぬぐいながら微笑み返す。ああ、おはよう。
朝だ。一日が始まる。君を見ないように、けれど目を離さないように。俺の改めての成均館での暮らしは、今日から始まるのだ。
始まりの朝だ。