㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
大科の時は、もちろんユンシクはとても緊張したのだとユニと母に正直に語った。集まってくる儒生たちの誰もかれもがものすごく賢そうに見え、いや、大科の会試を受ける時点で優秀には違いないのだが、自分がものすごく場違いにも思えたとも言った。ただ、やはり成均館から受験する者が多く、知っている顔がいるだけ、地方から一人で受けに来ている人たちよりは精神的にましだったと思ったことも正直に言った。
「それに朝から笑ったし。」
緊張しすぎてだろうか、とユニが首をかしげると、ユンシクは思い出したのかまた笑った。
「先輩、ヨリム先輩だよ~!」
ヨンハの名が出てきて、ユニはまた首を傾げた。大科の試験がすべて終わったとはいえ、まだ会えていない婚約者。終わったら終わったで、ヨンハは店のことをしなければいけないのだろう、とユニは一人合点している。大科前は、使用人たちで店をしっかり回していたのを、小僧たちの手習いに通い続けているユニは知っていた。だから、ここぞとばかりに帳簿漬けになっているだろうことも。
下履きだけじゃないんだよ。
とユンシクは笑顔で言う。前回の大科の合格者が履いていた下履きを履いて受験すれば受かる、という妙な迷信を信じて、というよりは気になるならやっておけ、というところだったのだろうが、ヨンハは大金を払ってそれを手に入れ、実際試験の日には履いていたとユンシクは先ほど言っていた。三人で楽しく笑ったばかりだった。あまり必死さを感じない、けれどどこか気の小ささを感じさせるヨンハの憎めない行動は、明るく笑い飛ばせることが多い。これも大科に合格しているという事実があるからではあるのだが。
会試の朝、皆の前に現れたヨンハは、その恰好で皆を絶句させたのだ。
会試には儒生が王宮に上がる際に着る官服を着用する必要はない。皆両班の外出着、道袍姿で王宮の試験会場にはいることを許される。ユンシクも父のお古を仕立て直したからし色の道袍で臨んだ。いつも着ているものだ。慣れた服で普段通り、そして学んできたことを発揮したいとも思ったし、まず選ぶほどの服はもっていない。笠をかぶり、試験の時に敷く筵を抱え、筆記用具と試巻を持っているのは同じなのに、ヨンハは一人目立っていた。
「なんだお前それは。」
つぶやきがそのまま質問になったようなジェシンに、ヨンハは意気揚々と説明した。
何しろきらびやかで、どこの宴に招待されたのかとでも言いたいぐらいだったのだ。ほとんど黄金色の道袍。首元にある単衣の襟は薄い黄色だし、なんだか全身がきらきらしているのだ。何だと言われても縁起がいいからだな!と得意げに叫んだヨンハは、運をよくする色を調べて、わざわざ大科のためにその道袍を作らせたのだそうだ。
「これで俺は無敵だ!縁起のいい服に、縁起のいい下履き!」
そして皆思い出した。そう言えばヨンハはあの下履きを履いているのだと。前回の合格者の下履きで縁起がいいものであるとはいえ、あまりきれいでない、いやできることなら履きたくないほどには汚れている下履き。その上にこのきらびやかな黄金色・・・。
王宮の門前に着くまで、一緒に成均館を出た者たちは笑い続け、おかげで他の儒生には変な目で見られたが、少し肩の力抜けたのだ。
「緊張はずっとしてたんだよ。でもね、試験が始まって、ちょっと考えがまとまらない時間があるでしょ。それで試巻から目を上げたらね、見えるの、ヨリム先輩が。」
見ようとしているわけではないが目の端に入り込んでくるのだ、黄金色が。穏やかな早春の日の光に絹物の生地が光って主張してくる。そしてそれが目に入ると。
「力が抜けるんだ・・・。」
焦って少し浅くなった息を、そこで深く大きく吸い直すことができた。すると肩の力が抜け、体中に空気が回り、そしてまた考える力が湧く。
「そう思えば、確かに縁起ものだね。」
まじめ腐って言ったのは母。確かに縁起ものだ。何しろ。
「おかげで僕は合格できました。」
そう、ユンシクにとって縁起物になったのだ、ヨンハの黄金色の道袍は。