同室生の姉上 ジェシン編 その185 ~成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユンシクは数日の休暇をほとんど寝て過ごしていた。長い期間寝食を忘れるほど学問漬けの日々だったのだ。丈夫になったとはいえ、やはり半年ほど前に比べればやつれていた。それでも熱を出さなくなっただけでも大したもの、健康は本物なのだと家族三人で実感し、これから始まる官吏としての生活に備えて体力を回復させることに費やした。

 

 それでも一度は都へ行き、ユニがした筆写の仕事を納め、新たな仕事を引き受けてきた。官吏になったからと言ってすぐに俸禄がもらえるわけでもないし、逆に今は準備で物入りなぐらいだ。少しでも蓄えを減らしたくないのは皆の総意だった。

 

 そして放榜礼当日。日も昇らない早朝にユンシクは家を出て行った。儒生が身に着ける鶯色の官服を着て。大事に大事に履いている黒い靴を履いて。いつも通りの穏やかな笑顔で手を振って歩いて行った。

 

 すでに合格は確定しているから、今日は最終順位とそれに伴って官位が決まる。儒生としての一生の価値が決まる日だ。儒学を根幹としているこの国では、一生その身にまとわりつく価値基準。大科に合格している時点で誉れではあるその衣が、さらにいい色を帯びるかどうか。ユンシクにとっては自力で勝ち取れる少ないものの一つだから、やはりいい結果であってほしいとユニは願う。

 

 そしてジェシン様も。

 

 明るく照らす日が昇り始めたとき、洗ったものを干したとき、日が真上で輝いているとき、ユニは黙って都の方をうかがった。わかるわけがないのに。けれど、もしかしたらムン家で先に結果を知ったらお遣いをくださるかもしれない、と少しは期待した。けれど、早朝に早々と発表されているはずの結果は舞い降りてはこなかった。

ユンシクの帰りを待つしかないのだ、とユニは現実を受け入れ、水がめに水を足すためにぶら下げて出てきた桶を、井戸の水で満たした。

 

 ユンシクは日のある間に帰ってこられるのかしら。

 

 そう思ったのは、ユニが米を研ごうとしたからだった。水がめの水が少ないのに気づき、米を研いでから水を足すために庭に出た。そして都の方を見てため息をつき、ついでにユンシクの夕餉はどうしようかと悩んだ。母は早寝だから早めに準備して差し上げたい、けれど今日はユンシクの帰りを待つつもりかもしれない、お母さまにお聞きしてから、と水で満ちた桶を両手でぶら下げて何の気なしにまた都の方を見たユニ。

 

 音が聞こえた気がしたのだ。村ではめったに聞こえない音。今の今までそれこそ鳥の声ぐらいしか聞こえなかったのに、何かが地を蹴る音が。

 

 キム家の前を通る小道は、まっすぐ街道に続く。その道の向こうに黒い影。そしてたちまち近づいてくる。

 

 ユニは桶を取り落とした。満杯に入っていた水がすべて土に吸い込まれ、色を黒く染めていく。普段履きのぶかぶかの木靴にも染み込んだ。けれどユニはその湿った土の上を踏み、湿った木靴につっかえながら小さな庭を横切った。低い垣根にぶつかるように駆け寄って道の向こうを見る。

 

 天気のいい日が続いていたせいか乾いている道、空気。黒い影は馬だった。土煙を上げ、ユニに聞こえた軽快だが重い足音を響かせて向かってくる。

 

 そして見えた。

 

 乗っているのは鶯色の官服。見えたと思ったら、もうすぐそば。ユニは枝折戸を開け、道に飛び出した。

 

 「どうどう・・・どうっ!」

 

 馬は少し前足をかき上げたが、強い調子の声と引き締められた手綱に足を下ろして止まった。あたりに舞い上がった土煙が漂い、荒い鼻息と、まだ興奮の醒めない馬の足が地面を掻く音が響く。けれどユニの耳に聞こえたのは。

 

 「ほらシク。手を緩めろ・・・そんなにしがみついてちゃ俺も馬から降りられねえ・・・。」

 

 という苦笑交じりの声と。

 

 「だって・・・サヨン・・・怖かったよう・・・。」

 

 と息も絶え絶えな声と。

 

 カサカサと乾いた音。

 

 それは馬上に堂々とまたがったジェシンの声と、その腰にしがみついて泣き声を出すユンシクと、そしてその二人の頭上に差し込まれた紙で作られた花の枝がこすれる音だった。

 

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