㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
汗をかかない人だと思っていた。
そう言われてソンジュンは振り向いた。ついでに見下ろすと、すでに小机を出して墨をすり始めている同室生のユンシクが逆に見上げてきている。並んで立っていても、男としては小柄なユンシクは常にソンジュンを見上げているのだが、今日はさらに首を仰向けて、まるで子供のように目を見張っていて、なんだかかわいらしく見えた。
ユンシクの視線は、ソンジュンが今使っていた手ぬぐいにあたっている。首筋を拭いていたのだ。
この夏は、例年以上に酷暑で、雨もあまり振らない日照りの日々が続いていた。午後の講義終わり。ソンジュンは大司政から呼び出されて、いつもなら一緒に中二坊へ帰るユンシクと行動を別にしていた。大司政の話は、ソンジュンの父のご機嫌取りのような話が多く遠慮したいのだが、いかんせん目上の人だ、無視も無下にもできない。ソンジュンの機嫌すら取るような粘っこい話を上の空で聞いても許されるぐらい暑い午後の気温は、一人で部屋に戻る外に出ると、日光のせいでさらに体を熱した。部屋に入ったとたん感じた、頭髪の間から首筋に向かって流れる汗の感触が気持ち悪く、棚の手ぬぐいを咄嗟にとり、拭き清めていたところ、ユンシクに話しかけられたのだ。
「・・・俺だって汗ぐらいかくさ。だって暑いじゃないか。」
「暑いよねえ・・・ほんと嫌になるぐらい。でもソンジュンはいつだって涼し気な顔してるから。」
「まったくだ。てめえよくそんなぎゅうぎゅうに服を着て息ができるな。」
壁際にはもう一人の同室生、ジェシンがもたれて座っていた。彼が何を言いたいかはわかる。ジェシンはすでに儒生服など脱ぎ捨てて薄手の長衣姿だった。胸元などすでに緩んでいて、肌着が見えているほど。翻ってソンジュンは部屋に戻ってきたところだからまだ儒生服だが、ぴっちりと胸元は閉じられ、行衣も乱れなく羽織っている。儒巾だってかぶったままだ。だがそれはソンジュンにとっては当たり前の服装の礼儀だし、着ている間は緩めるつもりはない。
「君だってきっちり着てるじゃないか。コロ先輩、俺に文句を言うなら、ユンシクだって同じですよ。」
そういうと、ユンシクは膨れ、ジェシンはなぜかうろたえた。その様子を不思議に思っていると、ユンシクが答える。
「だって、儒生服着てたら、自分の服を着なくていいでしょ?自分の服が汗で汚れたらいたむもん。」
儒生服は借りものだ。ユンシクは儒生服だからどうなってもいいと言っているわけではないが、貧しい彼のこと、手持ちの少ない自前の服を少しでも長く着たいのだろう。
「それはわかるけど。でも君は寝るときだって俺より一枚着るものが多いじゃないか。君の方こそ暑くないの?」
う、とユンシクは言葉に詰まった。暑いけど、とぶつぶつ言っているから、自分やジェシンのように肌着姿で寝ればいいと口に出すと、なぜかジェシンが反論してきた。
「こいつは!子供だから腹出して寝ちゃダメなんだろ!何ならもう一枚着て寝ろ!」
僕子供じゃないよ!とますます膨れたユンシクだったが、次に出た言葉はジェシンの言ったこととあまり変わらなかった。
「腹は出さないけど・・・姉上と約束してるんだ、薄着にならないって。寝るときも。僕すぐに熱出すから。」
でも汗はかくよ!と膨れるユンシクに、俺だってかいているよ、とソンジュンが言うと、お前は能面みたいな顔してるからそう見えないんだ、とジェシンが口を出してきた。そんなことないです、いやそう見える、と話題がそれて。
「・・・今思えば、あの時、コロ先輩は知ってたんだね・・・。」
今年の夏も酷暑だ。王宮を退出して帰宅し、すぐに風呂で汗を流したソンジュンにゆるく団扇で風を送ってくる妻を眺めて、ソンジュンはぼそりとつぶやいた。成均館の中二坊と違い、広く、風も通る部屋だが、熱めの湯を被ってきた体は少しほてっている。だから妻は風を送ってくれているのだろうが。若い日のほんの些細な出来事を今思い出したのは、暑さのせいか、それとも今日王宮で同僚に、君は汗をかかない質なんだね、と立て続けにいわれたせいだろうか。
ついでに、あの頃の妻の秘密を先に知っていた先輩のことを思い出し、会話の最中に慌てた様子だったのが鮮やかによみがえり、軽い嫉妬でまた体が熱くなる。
ユニ
扇いでくれているのはありがたいけれど、俺だって汗をかく男だよ、もう知っているだろうけれどね。
ソンジュンは顔にあまり汗をかかないだけ。それを妻が知ったのは婚儀の後。そしてソンジュンが全身を汗にぬらす時があるのは床の中だけなのを知っているのは、妻だけだ。