㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
会うか会わないか、その選択権はユニにある。チョソンは押しかけてきただけで、ユニに会う理由がなければ会わなくったって構わない。門前払いするのは簡単だ。なぜなら、ユニは両班の令嬢、チョソンは妓生。身分の違いで押し切れる。
けれど、勝手にはできない、とトック爺は思った。それはこれからの牡丹閣との関係のためでもあった。だが、一番に考えたのは、ユニならどう答えるかということだった。無下に断りはしないだろう、と言うことぐらい、短い付き合いでもトック爺だってわかる。ユニは優しい。用心深いけれど、それを上回るほど、優しい。そしていずれトック爺の女主人になる予定の令嬢だ。ある程度のことは勝手に決めることにしている(そうでないと、成均館にいるヨンハを待っていてはできない商売もある)トック爺だが、人に会うことが多い人生を送ってきたトック爺の直感が、勝手にしてはいけないと告げていた。
「それはお嬢様にお聞きしないとなりませんですよ、私が勝手には決められませんからねえ。ただ、どちらにしろ、しばらく待ってもらわなくてはならないんですよ、お嬢様は今、うちの小僧たちに字を教えてくださってますんで!」
「あら?」
「どういうことですの?」
騒ぎ出したのは、チョソンではなくエンエンとソムソムだった。
「お嬢様はテムル様と同じく大変達筆でいらして、うちの無学の小僧たちが店ですぐにでも役に立つ下人になるよう、読み書きを教えてくださってるんですよう!」
トック爺は胸を張って答えた。ついでに店の床板を拭いていた小僧を呼んで、三人の妓生の前で名前を書かせたものだ。いきなり命じられて、それもきらきらと眩しい大人のきれいな女人を前にして小僧はプルプルと震えていたが、お嬢様の恥にならないように、と澄まして命じるトック爺にうなずいて、必死に自分の名を書いた。ちょっといがんだが、そこらの男が書くよりよほど整った字で、小僧もほっとしたことだろう。
とりあえず、ユニの手習いが終わるまで待たなくてはならないが、とトック爺が再度言うと、チョソンは二人に先に妓楼に帰るよう言った。けれど二人は、姐さんのお供で来たのに、とぐずぐず言っている。
「少し御引止めするっていう使いついでにうちの者に送らせましょう。チョソンさんも、ちゃんとお供を付けてお返ししますんで。」
聞くと、会いたい人がいると女将には言ってきたらしいチョソン。おそらく自分たちもユニに会いたいため不満なエンエンとソムソムには悪いが、チョソンと違い、二人はこうなると完全に野次馬だ。それはトック爺も勝手に断ることができる。
二人を言いくるめ、お土産に菓子を包んで持たせ、下人を付けて店から送り出したトック爺。小部屋に戻ると、チョソンは小僧の名を書いた紙をもってつくづく眺めていた。
チョソンも麗筆だと聞いている。トック爺は見たことはないが。チョソンは客に請われれば即興で詩を吟じることもあるし、書くこともある。大層女らしい流れるような字だと聞いた記憶がある。確かユンシクにも短い漢詩を書いてあげたという話もあった、とトック爺は思い出した。それも下着に。どれだけテムル様に惚れてんだ、と目の前の麗人が急にかわいらしく見えてきた。
「・・・ユンシク様も、あの小僧さんのようなお年の時、こうやってお習字をしていらしたのかしら・・・。」
いや、両班の坊ちゃん方は、物心つかれたら読み書きをされますよ、とは言えなかった。チョソンは優しい、けれど少し寂しそうな顔をしていたから。
お互いの立場は生まれてきたときからはっきり決まっている。両班の生まれの者は一生両班。平民は一生平民。奴婢の者が平民に這い上がることはほとんどない。ただ、妓生になる娘たちの中には、家がつぶれて売られる羽目になった両班の令嬢などもいる。チョソンの出自は知らないが、自ら妓生になる娘はあまりいない。好きな男ができても、最初から出来上がった身分の違いにあきらめることを知っている、そんな顔をチョソンはしていた。
お嬢様はお会いくださるだろうか。
トック爺は少しばかりチョソンの味方をしたいと思った。