㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
エンエンとソムソムという若い妓生を引き連れたチョソンが店に現れたのは午後を少し回ったころ。その日はユニがやってきて小僧たちの手習いを見る日だった。午後の頭は少し店の時間がゆっくり流れる。やはり朝に荷を動かすことが多いからだろう。静かな店表に通りからの人のざわめきが入ってくる中、華やかな色が現れたと思ったら高い声が響き渡った。
「チョソン姐さん!こちらがヨンハ様のお店ですの?とてもご立派ね!」
「あまり物は置いてないんですのね、何を扱っていらっしゃるのかしら!」
二人を従えていたチョソンは、自分の背後から嬌声を上げる二人に、
「あなたたちときたら・・・何度ク・ヨンハ様のお座敷に侍らせていただいたの・・・。」
とあきれた声で注意をしていた。
店の者の手が停まる。その時に商談に来ていた市の小間物屋の主人だけが素早く立ち上がってチョソンの前に立った。
「これはチョソンさん。珍しいところでお会いしますねえ!」
さすがと言っていいだろう。着物、小間物屋にとって、身を飾る必要のある妓生は金づるだ。自分たちの金でも買うが、時に裕福な客が高額なものを彼女たちに贈るなんてことがあると、非常にいい売り上げが期待できる。いかに得意先にしてもらうかが大事な関係だ。
「あら。こんにちは。お仕事でいらしてますのよね、お邪魔して申し訳ございません。今度日を改めて、春先用の飾りを見せていただきたいわ。」
「それはそれは!チョソンさんに似合いそうなものを吟味しておきますねえ!牡丹閣にあたしがうかがいましょうか?」
「こうやって出歩くのも気晴らしですの。私がお伺いしますわ。」
あらかた商談を終えていた小間物屋の主人を上手くあしらって、店の中はチョソンと二人の妓生が残った。表の掃除をしようと箒を持っていた小僧と、水汲みをして桶を抱えて戻ってきた小僧がびっくりしたまま三人の妓生を眺めている。それは驚くだろう。さすがに小僧たちは花街にはいまだ縁がないし、必死に働いていたら、きれいな娘や少女だって表を歩いていても目になど入らない。持っている荷を落とさないことの方が大事な生活をしてるのだ。それが、色気を振りまく大人の女が、店用ではないとはいえ、他の女人とは格段に違う色合いのチョゴリやチマを纏っているのだから、目に入れるなと言う方が難しい。
トック爺が店表に戻ってきたのはその時だった。トック爺は、ユニが小僧たちに手習いをさせる様子を見るのが好きで、いつも少しだけ見学させてもらっている。きっちりとしているがどこか優しいユニの手ほどきは、見ていて心がきれいになるような気がする、と思うのだ。
機嫌よく店表に入ってくると、いやでも目に入ったチョソン一行。驚きはしたが、トック爺は妓生には慣れている。だてにヨンハの供で妓楼に通ってはいない。
「おや?チョソンさんじゃないですか。これはこれはエンエンさんとソムソムさんも。」
いらっしゃいまし、と言ったトック爺に嬉しそうに笑いかけたのはエンエンとソムソムだった。二人はチョソンを尊敬し、懐き、そしていつか自分もチョソンのように名妓になろうと思ってついて回っているが、いつだって注目されるのはチョソン。名まで呼んで挨拶してくれる男は、よほどの顧客でない限りいないから。そこはやはりトック爺は商人だった。
「今日はね、少し街歩きをしようと姐さんがおっしゃって!」
「お母さん(女将)も許してくださったから、結構歩いたの!」
「そうしたら、姐さんがこのあたりにヨンハ様のお店があったはず、っておっしゃったからお邪魔しちゃいました。」
「とってもご立派なお店ね!」
口々に話しかける二人に、トック爺は愛想よくうんうんと頷いてやった。するとチョソンが苦笑してようやく口を開いたのだ。
「ごめんなさい、トックさん。あなたたち少しおとなしくなさい。ご商売のお邪魔になるわ。ね、小僧さん。お仕事に戻ってくださいな。」
驚かせてごめんなさいね、と桶を持った小僧に微笑みかけると、小僧ははじかれたように桶を抱えて走り出した。ぼちゃんぼちゃんと水がはねて落ちていくのが、彼の動揺を教えておかしくて仕方がない。
「ほら、お前も掃除をしてくるんだ。」
もう一人の小僧に箒をもって外へ行くよう促してから、トック爺はにっこり笑って
「とりあえずこちらで足を休めていかれたらよろしい。」
と商談に使う小部屋に案内した。