㊟90万hit記念。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。
ご注意ください。
夜のとばりが降りる頃、一室には陽高と由仁が共にいた。今回は守られる二人。陽高は、自らも戦うと張りきっていたが、とりあえず御大将は堂々とお見守りくださいと金本先生に落ち着き払った声音で説得されて、少々不満顔での鎮座だ。
部屋の前の廊下には由久。小太刀を両腰に手挟み、たすき掛けで張りきっている。
屋敷の中の様子を見回っていた在信は、その様子を見て笑った。なんですか、と膨れる由久の額をつついて、夕刻の話し合いを思い出した。
由久は、玄関に入ってすぐ、挨拶もそこそこに、飛び出して来た由仁に連れて行かれたのだ。厨の板敷きの上で身体検査を受けたらしい。由仁にとって、由久の健康が第一なのだ。顔色、腕や足が細くなっていないか、着ているものは清潔か、と点検され、解放されたのは順也が由久を呼びに行ったから。由仁も含めて、皆先生の居間に呼ばれていた。
とことことやってきた由久は、師範代の安藤の姿を見ると明るく笑顔を広げたのだ。そして同じく笑った安藤の広げた腕の中に勢いよく飛び込んではしゃいだ。僕がいなくて寂しかった?おお寂しかったぞ!だが獅子は谷底に我が子を蹴落とすというでな、我慢したぞ!僕ね、ここじゃないところで暮らしたの、初めてだけどできたよ!そうかそうか!まるで仲の良い父親と息子の会話だ。実の父親である先生はニコニコ笑っていて口も挟まない。びっくりしたのは在信と陽高だけだった。
父親代わり、という言葉が本当に中身を伴った。その後、隣り合って座った二人の会話も親子そのもので、先生の方が冷静なのがなぜか笑えた。そしてそれを普通のことととっている順也や由仁の姿に、安藤がいかにこの姉弟を可愛がってきたのかが見えて、在信は黙っているしかなかった。
僕はなんのお役目がありますか?馬鹿か由、お前は由仁ちゃんと一緒に隠れてるんだぞ。なんで?僕男だよ?男だけれども子供だろうが?僕、もう二十歳だよ、子供じゃないもん!ダメだ一番年少じゃないか、言うことを聞くもんだ。
「二人とも黙りなさい。」
しばらく由久と安藤の言い合いを聞いていた先生が止めると、びた、と二人は口をつぐみ座り直した。それを見て順也が笑い、在信も苦笑してしまった。陽高なぞ上を向いて笑っている。由仁がぺちん、と由久の膝を叩いていたのが、また子供扱いに見えてさらに皆顔が緩んでしまった。
「陣容は、私が決めて、陽高様にご採決願う。お前達は黙っていなさい。」
首を竦めて、はい、と揃って頷いた二人に口元をゆがめて苦笑した先生は、さて、と持っていた扇子を膝に立てた。
金本先生の言うことはいちいち最もだった。侵入しようとするものは武家、人の屋敷にこっそり入る、などという行為になれている者達ではない。そしてやってくるのは、騒ぎを表沙汰にしないために夜間、地の利は住んでいるこちら側にある。どんなに屋敷の構造を調べていたとしても、侵入経路は多くない。
その話し合いの中で、由久が守る場所が指定されたのだ。最後の砦、守られるべき二人がいる部屋の前を門番としてふせぎきれ、それが先生の命だった。
最後の砦、という言葉にいたく満足したらしい由久。分かっているのだろうか、と思う。由久が戦わなければならない、ということは、前衛の在信達の力がおよばなかったとき 、劣勢の時なのだ。賢いはずなのに、いきなり訪れた非日常に興奮しているのか、と少し心配にはなったのだが、その後の陽高の言葉に少し落ち込んだのが笑えた。
「在信、そなたの腕の見せ所だのう、由久に働かせるようでは、免許取りの名が泣くのう。」
あ、と口を開けた由久が、なんだ、と小さくこぼしたのが、安藤の言うとおりまだ子供のようで、可愛らしくて仕方がなかった。
「頼んだぞ・・・お前の役目は、敵の相手だけじゃないからな。」
部屋の中をのぞき込み、心配そうな由仁の話し相手をしている陽高に目礼をして再び襖を閉めた在信は、しゃがみ込んで由久に言った。
「張りきった陽高様が飛び出してこないように、由仁さんがウロウロしないようにするのもお前の役目だ。万が一・・・。」
「万が一?」
廊下の隅にはもう一人、津倶浦屋の三次がかしこまって座っている。そちらをちらりと見て、万が一、と在信は繰り返した。
「万が一、お前がその小太刀を抜くことになったら、その前にお二人を逃がせ。三次に案内させろ。お前は・・・最後の砦なんだぞ。」
男だろ、という在信に、頬をか、と紅潮させた由久は、うん、と力強く頷いた。