華の如く その76 ~大江戸成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟90万hit記念。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。

  ご注意ください。

 

 

 なぜ今夜なのか。

 

 「移動する姿を隠しては来ませんでしたから。」

 

 そう在信は言って笑った。

 

 四谷の陽高の隠れ家から新宿の雑踏に出る。そこからは堂々と顔をさらして歩いた。陽高はもとから姿勢もいいし、本来は賑やかなところが好きだ。自分が遊ぶというより、市井の賑わいを眺めるのが楽しいらしい。人の行きかう街道を物珍しそうに眺めながら街道の真ん中を堂々と歩く。もとからある威厳は隠しようもなく、人がよけて通ってくれた。

 その後ろから二人の若侍がついてくるのだ。一人はほそっこい少年のような風体だが、こちらもあちこちに目をさまよわせて嬉しそうにしているのでほほえましい。もう一人は、総髪になりかけの、まだ前髪がばらばらと額に落ちてくるのも構わずに歩く青年だ。一行の中で最も丈高く、たくましい。こちらはその見かけで人がよけてくれる。

 

 そんな一行が歩くのだ。新宿の界隈は、陽高の隠れ家と道場を結ぶ唯一の大道。道場を見張り、または陽高の隠れ家を探している者たちの誰かの目に入るのは必定。そして狙う人物が一堂に会すのがわかれば、己の力量を知らぬ馬鹿者なら、一石二鳥と喜ぶに違いない。

 

 正直、在信は、勢力的に拮抗はしているはずの相手陣営に対して落胆もしていた。油断はしていないつもりだ。だが、どんなに考えても、自分は置いておいて、藩邸で踏ん張っている俊之介にかなう相手がいないのだ。

 

 藩邸でおそらく一勢力を張っている葉山員素。年齢は在信と同じ。藩士としての育ちは、在信や俊之介と同時期を過ごしてきた男だ。頭が悪いとは思わない。藩校では圧倒的に俊之介や在信に軍配が上がった。これは葉山の頭が悪いのではなく、二人が圧倒的だっただけ。それに学問だけで頭のよさや仕事の出来が図れるなどとは、在信もみじんも思っていない。いないが、実際役目を与えられて世に出た俊之介は仕事もよくできた。事務的な仕事と判断力に長けているのだ。

 一方、葉山は仕事自体はよくできるほうだと聞く。しかし、藩の中では上士にあたるので、少々の見習いのあとすぐに部下のある役目についてからは、部下の使い方が荒いこともよく聞いた。その部署に古い部下の進言を聞かず、齟齬が起これば進言を強くしなかったその部下のせいになる、ということは頻繁に起こったと聞く。葉山の部下は、江戸藩邸ではすべて彼の腰ぎんちゃくで占められているのは、葉山が使いやすい者たちを推薦して連れてきたのだろうといわれるぐらいだ。

 

 すべての者が首を縦に振る。そんな者しか周りに置かない。いくら葉山が考え、何かをしようとしても、周りにいるものが、その計画の無茶や無謀を止めようとしない状態で何ができるのか、と思うのだ。そして、お山の大将に気に入られようとする無能な者たちは、目立つ手柄を立てようとする。敵の大将首を取れば一気に側近だ。そう考えるものだって、人が多くなれば必ずいる。

 

 在信は同じ釜の飯を食って育ったわけだし、朝木は小国だ。同年代の藩士はほぼ顔見知り。そして葉山の腰ぎんちゃくだって知り合いだらけだ。葉山に特別に気に入られたいと暴走しそうな者が誰かなど大体わかる。そしておそらく葉山もけしかけているはずだ。たとえ本来の目的が、陽高の隠れ家を見つけ出すことと、道場の見張りだけだったとしても、うまくいけばいい役職に推薦してやろう、ぐらいは言っているに違いない。誰よりも葉山の役に立つことをすれば、とにおわせて。

 

 逸った心は、計画をずさんにする。相手はこちらの人数を数えただろう。道場には剣を使えるものが三人。狙うは娘一人。加わったのが三人。そのうち一人はひ弱そうな少年にしか見えなかっただろうし、陽高が今剣をどれぐらい振るうかを知るものは少ない。戦える人数は、おそらく四人と数えられているだろう。道案内でくっついてきた三次など人数にも入っていまい。

 

 「少なくとも6名、多くて10名といったところか。藩邸から大勢の人数は出られないでしょう、本来は夜間は外出はできない・・・。加勢、お願いできますか。」

 

 「道場に勝手に踏み入るものは、丁重にお帰りいただくしかないのでな、お相手させていただこうよ。」

 

 日頃ひょうきんで穏やかな師範代の安藤が、歯をむき出して笑った。

 

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