華の如く その60 ~大江戸成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟90万hit記念。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。

  ご注意ください。

 

 

 茶の用意をし始めた飯炊きの婆さんの手伝いに、由仁はさっと立っていってしまった。目と鼻の先のいろり端であるが、熾火を起こして湯を沸かし直している様子に、少々茶が出てくるには時間があると見たらしい由久は、声をひそめて聞いてきた。由仁が何だか興奮しているようなのはなぜか、と。

 

 そこをまた楽しそうに陽高が答えるのだ。在信が一瞬口ごもった隙を突いて。草履の鼻緒が切れたために、修繕はしたものの足下が危ないと手を引いてここまでやってきたのだ、見かけによらず在信は優しい男よ、だが由仁殿も恥ずかしかったのだろう、などと。

 

 確かに由仁は恥ずかしかったのだと思う。それは、あなた様が大笑いしたからですよ、と在信はいいたい。あれがなければ、確かに手を繋ぎ続けた事にお互い羞恥心は募ったかも知れないが、いたたまれなくなることはなかったのだ。恥ずかしげにお互い顔を背けておしまい、で済んだに違いない。

 

 「在信さんは、鼻緒の修繕ができるのですか?!まるで師範代のようですね!」

 

 由久も金本道場の師範代、安藤のことを引き合いに出した。赤子の頃から道場に当たり前の様にいる、叔父さんのような存在なのだ。住み暮らしていれば、彼の器用さやまめまめしさなど普通に身の回りにある事なのだろう。

 

 「・・・俺がやったのはとりあえずの修繕だ。帰ったら安藤さんに見て貰うさ。」

 

 なんと、あの師範代にはそんな特技が、と陽高が素直に感心している横で在信がそう答えると、由久はニコニコといった。

 

 「頼りがいのある方が姉の側にいてくださると僕は安心です。安藤さんはまるで父親代わりのようだし、在信さんは兄上のようですし!」

 

 在信は一瞬言葉に詰まった。兄、という言葉が何を指すか、うがって考えれば本当に意味深だ。もちろん、道場の上下関係、師弟関係も含め、仲間として、友人としての付き合いがぐっと深まると、義兄弟のような関係になることは男社会では多々ある。しかし、今の場合、少し視点を変えれば、いろり端で飯炊きの婆さんと何か喋りながら茶葉を急須に入れている由仁が目に入るのだ。同じ義兄でも、当人同士で契った義兄弟の契り、ではなく、その姉妹と婚姻を結んだ上での義兄弟の契りとではかなり意味合いが違ってくる。何しろさっきまで手を繋いでいたことをからかいからかわれ、当人達が照れていたところでもあるのだ。

 

 「・・・俺は。」

 

 在信は呟いた。

 

 「いずれ・・・国に帰らねばならない・・・。そういう立場だ・・・。」

 

 陽高には言った。兄夫婦にはまだ子宝に恵まれる可能性があると。在信もそれは望んでいる。兄は在信を本当に可愛がってくれた、兄嫁は許嫁の時から今も変わらず在信に優しく、自分たちに子が授からないことで在信に当たることも一切ない。あの穏やかな兄たちにこそ、望む幸せを授かって欲しいと思う反面、兄が自分の身体の弱さ故子は授からないだろうという事実も認めざるを得ないのだ。在信の記憶にも多く残る病床にあった兄の姿。そして、成人し役目に就いてからの疲れた顔の兄。精力が確かに多いとは想像できないし、何よりも、子作りは一つ床で睦まなければならないのに、おそらく夫婦のことは少ないだろうと在信は知っていた。そちらの欲が兄はおそらく薄い。そして体力もない。なるべく兄夫婦の邪魔をしないように、一時屋敷を空けがちにしていた在信だが、在信がいてもいなくてもおそらく一緒だったろうと今では予測がついている。

 

 だから、在信は帰るしかないのだ。文屋の家を継ぐために。兄の跡を継ぐために。そうすることで、兄の肩の荷が下りるように。いつまでも由仁のいる道場の弟子ではいられないのだ。

 

 「分かっております。在信さんは、陽高様の補佐をするという大役が待っておられます。僕はよく分かってます。でも!ご縁は絶対に切れません。お互いが望む限り。そしてくさびになる者がいる限り。」

 

 自分の行く末に思いを馳せ、庭に視線をさまよわせていた在信が、強い由久の言葉に顔を向けたときには、一瞬由仁に視線を投げた由久の顔も在信の方を向いていたのだった。

 

 

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