㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
商売をしていると、取引のある地方の状態が良く分かる。荷の集荷に滞りがでるようになると、何かがあったのだとすぐに察せるからだ。今回も、果実の良く採れる地域からの加工品が入ってこなくなり、値が上がった。本来なら今は瓜が毎日大量に入荷しなければならない。けれど、荷車二台がやっと、とはどういうことだ、と聞くと、運ぶ者がいないという返事。その男も土地のものではないという。
言い渋っていたのだが、金を多めに与えると口を割った。腹を酷く下す病が流行っているらしい。畑に瓜はなっているのだが働けるものが殆どいないのだそうだ。男はその村に住むものの親戚で、頼まれて畑から瓜を採り、言われるままにここに運んできたという。聞くと取引のある者の名を出したので確かだった。
その情報をこっそりと役人をしている親友に耳打ちして数日後。親友が簡単な文をよこした。見るとその日の朝に都を発ってその村のある地域に向かったらしい。貧乏くじを引いたな、と思い苦笑もでたが、この男ほど今回の仕事にあっている者もいないとヨンハは思うのだ。
あれからヨンハは素早く情報を集めた。その地方の県令を含めたそこそこ位の高い役人が都に帰京しているという。逃げたな、と当たり前の様に思った。だからなんとなくこれからの筋書きが読めたのだ。疫病の報告はヨンハが動かなくてもすぐに王の耳に入る。中央から派遣された役人ばかりがその土地を治めているわけではないのだ。土地に代々住んでいる名家だってあるし、土地で採用された役人だっている。上が逃げたら、その者達が必ず王宮に上訴する。そうしたら王は怒るだろう。職務を放り出した者達を。そしてその者達を罰するのに、両班や役人の検挙を役目とする部署に着いている親友が活躍するのは目に見えていた。
「へえ・・・そいつらに仕事をさせてから捕縛か・・・コロも大変だよな・・・。」
監察として慶尚北道に赴くことになった、適当に援助物資を送れ。
乱暴この上ない字と要求。この親友はいつまでたっても変わらない。ヨンハが何でも察していると思っている。実際大体は分かっているけれど。こんな最低限の言葉で俺が分かると思っているのか、かわいい友だよ、分かるけど、へいへい、お言葉承りましたよ、お力になりましょうとも。
呼び出した商売の右腕となりつつあるビョクスに、炊き出しに必要な米や雑穀、麦の粉や塩などを用意するよう命じ、おそらく足りていないだろう、治療に使うサラシや口元を覆うための手拭いなどを用意させた。後は、本当に必要なものを、特に治療にたりていないものを直接聞いてくるよう言いつけていると、扉の向こうから入室を請う声が聞こえてきた。
許しを与えると、滑るように入ってきた愛しい妻。呼び寄せて隣に座らせると、わかりやすくビョクスが顔を上気させた。成均館の若い書吏だったこの男は、成均館に男装で入り込んでいたヨンハの妻をあがめ奉って、ついにはヨンハの下人として身分まで変えてついてきたのだ。今も崇拝は変わらないらしく、ヨンハより妻の言うことをよく聞くという悪癖が少々ある。
「大変なことが起っていると聞きました・・・。」
かいつまんで事情を話すと、成均館から親しいジェシンの身を心配し、疫病の出た地の人々を案じている。その眉の下がった顔も可愛らしいとやに下がっていると、ヨンハが講じた援助に賛成しながらも、あ、と思いついたように手を打ったので訳を聞いてみた。
「疫病が収まった後の生活も重要ですのよ。何もかもがない状態では、冬が越せなくなります・・・。畑には作物が実っていますのよね?」
それだけで妻の言いたいことは分かった。うんうん、と妻の手を握ってやる。本当に俺の妻は賢い。そして美しい。その美しさは心根もだ。だから、縁もない地方の民の冬の心配までしてやれるのだ。ああ本当に良い妻だ。それに、助力は困っている人のため、奮闘する親友たちのため、敬愛する王様のためでもあるけれど、ここで動いておくことに商売人としてのヨンハの価値だって上がるのだ。下心の全くない奴なんていないけれど、俺は下心満載の男だからな。今後、この地域の産物を独占できるぐらいの信用を勝ち取ろう。
「ビョクス。人を集めろ。疫病の流行っているところから少し離して掘っ立て小屋でも建てて住まわせ、畑の作物を収穫し、その後を耕させろ。作物の金は正規の値で畑の持ち主に払え。作物はこちらで売りさばくと交渉しろ。現地に金を残してやらねば、病が治まっても生活ができないからな、そうだな、ユニ?」
旦那様、ありがとうございます、と喜ぶ妻は下心なんかないだろう。けれど、妻はこうやって俺にいろんな示唆をくれる。成均館の時から、この妻の何気ない一言にどれだけ励まされ、進む勇気を貰ったか。
これからを考えて忙しくしているだろうイ・ソンジュン、現地で戦おうとしているムン・ジェシン。この二人にも教えてやりたい。妻は、ユニは、お前達の役に立っている。今は言わない。だけど、無事事が収まったら招待するから、妻の酌を受けて、そして褒めてやってくれ。