同室生の姉上 ヨンハ編 その155 ~成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 夜は更けて、ヨンハはようやく部屋で一人の時間を持った。

 

 ヨンハは一人が好きだ。妓生と暇を惜しんで寝る、そんな印象を持たれてはいるが、別に独り寝が寂しいわけではない。ジェシンと男色のようななれ合いの付き合いをしているようにからかわれるが、ジェシンと同室でいたいと思ったことはない。

 

 考える事が多い、それは誰とも比較はできない。親友のジェシンだって兄が死んでから悩み多く憤懣多い青年だし、ソンジュンも父との思想の相違に悩む若者だ。けれどヨンハは、どうしても一人にならなければ保てない自我が存在する。

 

 自分の胸に根深くある劣等感は、一生消え去らないと冷静に判断している。ヨンハの葛藤は、その劣等感と裏腹な自意識の高さだ。裕福で人に傅かれて育った生い立ちとともに、やはりその他大勢よりは優れた頭脳を持っていたこと、ついでに容姿も良かったことが自分の価値を落したくないという欲を持たせた、そうヨンハは思っている。その相反する思いは、成均館という両班の子息の巣窟で、どちらも刺激され続ける。そして官吏として生きていくのなら、その刺激はずっと続くのだ。

 

 刺激が多いと言うことは、付随する悩みもどうしようもなく多くなる。考え事とは大小全てそれに関わる。学問はやるしか無いし、悩む暇もない。官吏の仕事もそうなるだろう。考え事の大半は、ヨンハのその相反する胸の波だちだ。そしてそれは、例えば妓生と戯れる夜のひとときには忘れていられるが、我に返ればまた胸にわだかまる。見ない振り、考えない振りをしているだけ、だからだ。この感情だけは、ヨンハが毎日きちんと考え、胸に納めてしまわないとならない。そしてそれは一人の方がいい。ヨンハの劣等感を刺激することもあるジェシンやソンジュンがいてはできないこと。

 

 だけど、テムルとユニ殿は・・・違う。

 

 ヨンハは布団の中で微笑んだ。明るく笑うユンシクと、優しい笑顔で小僧を見るユニ。彼らの辿ってきた道は、生活の辛さだけでなく、両班としての自尊心を保つかどうかの瀬戸際の茨の道だった。両班としての血を脈々と受け継ぐ身体も役に立たない事を知っている。二人は生きるために捨てなければならない自尊心がある事を知っている。そうしなければ生きて来れなかった。女人の身で働くことも、成均館という学び舎にいながら内職をする事も、自尊心を捨て、劣等感を無視していなければできない事だ。けれど二人の笑顔は明るい。

 

 何を捨てても、二人は大切なものを捨てはしなかった。一番根っこの、自分に対する誇り。それだけをきちんと持ち続けた。だからこそユンシクは優秀な成績をとり続けるために睡眠を削って学問に励み、ユニはその身を安売りすることなく静かに消えていこうとしていた。微笑みながら。ヨンハがあんなに葛藤してきた身分と裏腹のその生活の豊かさの乖離に、逆の立場で有りながら二人はぶれることなく両班の子息令嬢として存在し続けた。

 

 結局の所、ヨンハはその強さがうらやましい。そして自分に欲しいものだ。欲しいものをユニは持っている。側にいてくれたら、それだけでヨンハは強くなれる気がしている。勝手な期待だ、思い込みだ。けれど、その強さを感じてしまったのだから仕方がない。欲しくてどうしようもない。

 

 だけど、とヨンハは苦笑する。ぐだぐだと色々な理由をつける。そうやって自分の心を冷静に保ってきた。そのための一人の時間だった。今もこうやって理由をつけて自分の行動を肯定しようとしている。同じ事を、ジェシンとソンジュンに言いまくってなんとなく納得させた。だが、本当はもっと単純なこと。ジェシンとソンジュンに言った言葉の中で、一番短くて単純なことが、ユニとの婚約の理由なのに。

 

 美しいユニ殿。可愛らしいユニ殿。優しい・・・ユニ殿。

 

 最後はそこにしか行き着かないのだ。ヨンハの婚約者は、可愛い後輩の姉上殿。お美しく、可愛らしく、聡明で。

 

 ヨリム(女林)が女人が堕ちる理由に、他の些末な理由は必要ない。

 

 

 次の日、ク・ヨンハがキム・ユンシクの姉と婚約した事が、成均館中に知れ渡ったのだった。

 

 

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