㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ご結納は滞りなく品をお納め頂きました。奥様がご挨拶をお受けになりました。今後、婚儀に関しては、坊っちゃんの大科終了後に形にするということで、ご了承頂いています。お嬢様がご不安に思われないように、具体的な日取りを提案させて頂く事で話を纏めて参りました。
という報告は、成均館の午後の講義が始まる前に、ヨンハの元に下人がやってきて口頭で報告した。ユンシクにとユンシクの母からの手紙も預かってきていたのでヨンハが預かった。ユンシクがその場にいなかったからでもあり、ソンジュンやジェシンにまだユニとの婚約を報告していないからこそ、ヨンハの下人からユンシクへの預かり物を直接渡すわけにはいかなかった。
けれど、今日はその日だ。婚約が整った。つまり、二人にユニとの婚約を報告する日だ。ユンシクにもそのことは言ってある。其れまではユンシクの口から言わないように念を押していた。
この縁は、ヨンハの好奇心から始まり、ヨンハがユニと秘密を共有し、そしてヨンハがユニを逃したくない女人だと自覚して願ったものだ。ユンシクは姉を思う立場から見守ってくれただけ。話すべきはヨンハなのだ。そこまでの覚悟はできていた。だから、報告を受けて歓びと安堵の気持ちのまま頷き、下人を帰してからしばらく幸福に浸り、午後の講義に行く前に、今夜は外で飯を食おう、奢るぞ、とジェシンに告げて、カランとテムルも誘おう、と陽気に講義の席に座ってしばらくして襲ってきた恐怖に硬直したものだ。
大丈夫、大丈夫だ、と言い聞かせる。ジェシンとソンジュンは友人だ。水くさいと怒るかも知れないが、友人の慶事を祝えないような男達ではない。話せば分かる。暗示をかけるように心を落ち着かせようとしながら午後の講義の時間は過ぎていった。
講義の後は、夕刻まで少し時間がある。ソンジュンとユンシクは、講義の予習復習に必要な書物を探しに尊敬閣に行くのが習慣のような模範的な儒生だ。今日も、いつもよりは急ぎ足で向かった彼らを見送って、ヨンハは一足先に部屋に戻った。儒生服から道袍に着替え、笠を被り、いつでも外出できるように支度をして座ったヨンハは、部屋の小机の引き出しにしまっておいた書状を二通とりだした。実は、報告に来た下人は、ユンシク宛てのものとは別に、もう一通書状をヨンハに渡したのだ。其れは、ユニからヨンハへの手紙だった。
講義の間中、こちらも気になっていたのだ。結納が滞りなく済んだのだから、やっぱり無理です、などという内容ではないと重々分かっているのだが、それでも披くのをためらった。これからの酒の席の事を考えると、少々臆病になっているからだとはわかるが、どうしようもない。けれど、読まない勇気もない。気になって仕方がないのだから、読む、と息を大げさに吐いてから思い切って書状を開いた。
ああ、美しい。
あんなに披くのに葛藤した手紙なのに、最初に脳裏に浮かんだのはその一言だった。表書きだって美しかった。流れるような筆跡で書かれた自分の名を、ヨンハは何度か撫でたものだ。よく考えたら、小僧達は名前を書いて貰って手本にしているというのに、ヨンハは初めてなのだ。小僧に負けるとは、とちょっとばかり悔しかったが、それでもあれは手本だから、と納得できる。表書きに、墨痕鮮やかに草書で流れるように記された己の名は、生まれて初めての特別感をヨンハに与えてきた。
かさり、という乾いた紙の音。手紙は短いものだった。三つ折りにされた紙一枚。けれど、ユニの香りをヨンハに運んできた。
『先ほど、身に余る結納の品を頂きました。
実は、ヨンハ様にお会いしてからも、このお話は夢ではないかと疑っていたのです。
けれど、お父上様とご挨拶をし、今日この日を迎え、私はヨンハ様の下に行っても良いのだとはっきり分かりました。
ヨンハ様は幸せですか。私は、心の底からの涙を流しました…』
うん、怯えている場合ではないね。俺がどんなに幸せになるために頑張ったか、あいつらに語ってくるよ。