㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
しばらく落ちた沈黙の後、高らかな哄笑が響き渡った。驚いたユニが目を見張る。目の前のヨンハの父が、膝を叩きながら大口をあけて笑い始めたのだ。
ユニはうろたえて視線を泳がせた。下女は茶を供した後部屋からは出ていていなかった。いつもユニの世話をしてくれる下女だったから、今一番いて欲しいのは彼女だったのだが、いない。さまよわせた視線が捕えたのは、部屋の隅に控えていたトック爺だった。その姿を見てユニは又目を見張った。トック爺が手拭いを顔に押し当てていたからだ。おそらく涙をこぼすまいと上は向いてみたのだろう。仰向けにのけぞった顔に手拭いを押し当てていて、その隙間から見える口元が食いしばっているのが分かる。
うろたえた視線を笑い続けているヨンハの父に戻したユニ。膝を叩くのは辞めていたが、まだ笑ってはいた。私は何かおかしな事を、変なことを言ってしまったのかしら。そう思っても、片や大笑い、片や大泣きの相手の状態を見て、今の状況が分からなくなってくる。
「・・・いや・・・いや・・・失礼・・・失礼した・・・。」
まだ笑いを残しながらも、ヨンハの父はようやく言葉を発した。ユニはどうにか視線を定めて、ヨンハの父に相対して言葉を待った。
「・・・トック爺・・・いい加減泣きやめ・・・はは・・・よかったのう・・・ヨンハが正当に評価されて。」
「・・・良かったのは旦那様の方でございましょう?!」
ひび割れた声で反論するトック爺は、まだ手拭いを顔に押しつけたままで、唯一でている口で文句を言い返した。
あの、ともの問いたげにヨンハの父を見つめるユニに、いや、本当に失礼した、ともう一度謝ると、ヨンハの父は少し腰を伸ばして姿勢を正した。
「トック爺が泣いているのは、息子の良いところをユニ殿がはっきりと言ってくれたからだ・・・何しろ。」
一度言葉を句切ったヨンハの父は苦笑する。
「あやつの世間からの評価など、先ほど儂が言ったことと変わらん。『花の四人衆』?そうもてはやされているようだが、あいつがその中にいるのは見かけがちょっとばかり良くて派手だからだ。立派な前途有望な両班の青年としてはイ家とムン家のご子息が全ての高評価をもっていっていると言っていいでしょうよ。弟御のユンシク殿も同様だ。儚げな境遇から学問一本で這い上がってきた気骨のある青年としての票が入る。だが、ヨンハには何もない。世間様の思っているとおりのあやつのままだ。四人衆の中の付け足しだ。」
淡々と述べられる言葉に反論はしたいものの、ユニはそれほど世間の噂をしらない。そして、それほど激しているようではないヨンハの父の語り口から想像すると、かなり客観的な見方をしているのが分かる。
「別にそれでもよかったんですよ、儂たちは。やることをやればいいんだから。要は結果だ。金をちゃんと稼げるか、試験に通るか。その結果さえ出せば別にあやつの評判なんぞ気にすることはない、今でも儂はそう思ってはいるが・・・。」
苦笑がさらに深くなる。
「トック爺達はそうではなかったということなんでしょうなあ。ユニ殿、あなたのヨンハをきちんと理解してくれているお気持ちに、感激しておりますなあ・・・なんというか、儂より親らしい感情を持っているようで・・・。」
そしてヨンハの父は又笑い始めた。
「心配しておったのですよ。ヨンハが無理強いして、お願いしすぎて、仕方がなく折れてくれたんではないかとね・・・。儂も親の端くれだから、さすがに息子が下手に出るしかないようなお相手は困ると思ってましてね。いやあ、ヨンハをちゃんと分かってくれているようで安心しましたよ。」
「・・・坊っちゃんには勿体ないお嬢様ですよう・・・坊っちゃんなんか、一生下手に出てりゃ良いんですぅ・・・。」
手拭いをとったはいいが、目も鼻の頭も真っ赤に泣きはらしたトック爺がうめくように口を出して悪態をついたので、ヨンハの父は、また膝を打って大笑いするハメになった。