㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
一日、一日と近づく運命の変わる日。少しずつ片づけた身の回り。あっけなく終わった、人生をかけると思っていた仕事。
どこにも後悔はないけれど。
ユニの『給料を頂く』生活は、金曜日に終わった。卒園式をもって、ユニも幼稚園教諭という職から一旦離れた。その日は、園の中の片づけ、そして無事卒園生を送り出せた事に対する慰労に対して、園長がいつも食事会を開いてくれた。そしてその場でユニは退職の挨拶を正式に同僚に対してさせてもらい、園に出勤する日々が終わったのだ。
自分が結婚退職をするとは思っていなかったユニ。まず結婚という事に対して、自分がするかどうかすら分かっていなかった面も大きかった。したとしても、将来の家計を考えて辞めることはなかっただろう。韓国の就職事情は厳しい。一旦職を離れて再就職などは希望が持てない。万が一伴侶となった人が職を失うことも頭に入れておかなければならないご時世だ。自分が職を持ち続けることになんの疑問も持っていなかった。
実際結婚する相手が財閥の御曹司であったことは、本当に偶然であり予想もしなかったこと。だからといって、ユニは最初は離職する考えは一欠片もなかった。恋人となった時ですら。自分とつきあい始めたヨンハを疑うことはなかったが、ヨンハの華やかな女性遍歴は、ユンシクにも少し聞いていたし、色々な媒体で目にすることもあったし、さらに、人から聞かされることも多かったから、ユニは自分がヨンハの生涯の唯一となるとは思っていなかったのだ。
ヨンハを疑ったのではない。自分に価値があると思わなかったのだ。
卑下するわけではない。教育も十分受け、職にも就いている。真面目に生きてきた自覚もある。父は亡くなっているが、其れまでの働きと、残してくれたお金と、そして生活のために懸命に働いてくれた母のおかげで、自立した一家族として生活を送れた。自分はちゃんとした人間だというプライドはある。けれど、女性としての魅力という自信は、実は持っていなかった。
多少モーションをかけられた記憶はある。しかし、あまりきもちのよいものではなかった。自分が望まない交際を迫られても其れは歓びにはならなかった。高校も大学も女子校。職場は女の園。男性とつき合うこともなく、女性としての巡り合わせはあまりないのだと思ってきた経緯がある。学生の時は学業にアルバイト。就職してからは仕事。ユニにとって、その時に取り組むべき事が最優先だったから、恋愛に興味が薄いという性格も災いしたのかもしれない。そんな自分に、恋に生きてきたような、美しい、魅力的な女性を沢山知っているヨンハの興味が続くだろうなどという希望的観測など持ちようがなかったのだ。
だから、今の自分の状況がリアルではない。夢の中の出来事の様な気がする。けれど、目の前には、いまだに毎日届く薔薇が、花瓶にこぼれんばかりに飾られ、机の上に置いてあるブランドのバッグは、新婚旅行に行くためのものだ。その中には、全て新品の衣料品が入ったキャリーケースの鍵が内ポケットにちゃんとある。土日に一緒に過ごしたヨンハから迫られても口をつぐんだランジェリーの一組が、綺麗に整理されて空になっているクローゼットのボックスの中に鎮座しているのもさっき確認した。結婚式当日に着ていくものだ。全部がリアルを示しているのに、ユニにとっては現実離れした出来事のように思えてくる。
けれど後悔はない。
夢の中だとしても、ユニは毎日の仕事に真面目に取り組んだし、仕事の引き継ぎもできる限りのことをした。卒園式で抱きしめた子供達に対して、真摯に向き合った。主に面倒をみていた年少組の子供達には、彼らにはサヨナラの意味が分からなくても、ちゃんと最後の挨拶をした。一年、本当に元気をありがとう、と伝えた。
待ってくれている人がいるんです。私みたいな普通の女を。だから、私はその人がどうやったら幸せになるか、其れを沢山考えて生きていくことに決めたんです。明るくて、いい人なんです。仕事も頑張ってます。生まれ育ちの恵まれた人です。でも、どこか寂しそうな人なんです。私は何ができるか分からないけれど、彼のことを考えてあげることはできるんです。
だって、彼が寂しいのは厭だと思ったから。其れが恋だと言うのなら、私は彼に恋を確かにしている。
後悔はない。私は自分の決めた道を進んでいるのだから。一日一日、その運命の日に向かっていることは、私が決めたこと。
ユニが少しずつ心の整理を進めた結婚式の前日、ユニの母はソウルにやってきた。