㊟一周年記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
小さな屋敷だ。
低い壁に作られた門から
扉までは数歩。
そこにやってきた王宮からの使者は、
本当にこの屋敷か、と戸惑ったものだが、
付き添ってきていたナム内官と
護衛の武官に無言で屋敷へと押し込まれた。
口上を述べ、結納の品を小さな部屋へ納める。
品の目録を、ご側室に上がられる息女の弟である
若い当主に手渡し、隣の部屋に控えているであろう
息女本人に挨拶を述べ、
使者は目をぱちくりさせながら使命を終えた。
その後に次々に現れる祝の客。
屋敷の入り口に立ったユンシクは、
丁寧に腰を折って、
すべての客を追い返した。
せめてお祝いを述べさせて下されば・・・。
お母上の従兄弟に当たるものです。
お母上に取り次いでいただいたら分かる。
あなたの父上の従兄弟の子でございます。
あなたの従兄弟です。覚えてはおられぬか?
一度お母上と実家である我が屋敷に来られたが。
我らは従兄弟ですぞ。
ユンシクは、ただ腰を折っていた。
お祝いは大変ありがたく思いますが、
どうぞお引き取り下さい。
姉からも、王様からも、
受け取らぬように言いつけられております。
たいしたものではございませんよ。
いやいや、昔は何もお力になれなかったが、
ようやくご挨拶程度ですができるようになりましてな。
母が、年もとりましたし、親しくお話を、と
申しておりました。親戚づきあいも大切ですなあ。
これを機会に、私どもの息子とも是非。
このように小さな屋敷でございます。
何のおもてなしもできませんし、
王様から、姉のいる間は
どなたも屋敷に上げぬよう、
きつくきつく申しつけられました。
どうぞお引き取りを。
優しげに、しかしきっぱりと断りを入れられ、
その上王様の名を出されては、
訪問客もすごすごと帰るしかなかった。
ユンシクの手には、名刺が束で残った。
せめて、と客たちが置いていったものだ。
「ごめんなさいね、ユンシク。」
奥の部屋では、ユニがチマを膨らませて座っていた。
母の手を取って慰めていたらしい。
母にとって親戚は、
あまりいい思い出などないのだ。
冷たくされたことしか思い出せないらしい。
「ユンシク。ユニ。
お前たちには申し訳ないが、
私には実家はないものと思って下さい。
お前たちのお父様と添ったときに、
実家は子の母を見捨てました・・・。
お父様が亡くなったときに、
叔父も叔母もいなくなったようなものです。
だから・・・ユンシク、お前がユニの実家になるのですよ。」
はい、お任せ下さい、と
ユンシクは名刺の束を二つに折った。
「姉上。
チェ・ジェゴン様からの伝言です。
この屋敷は王宮から遠い故、
お輿入れは領議政様のお屋敷から、と
お申し出頂きました。
王様が・・・いくら輿の中でも、
長い距離を姉上をさらすのは嫌なのだそうです・・・。」
ユニは真っ赤になった。
「王様はそのようなことを
ユンシクにおっしゃったの?!」
ハイ、とユンシクはすまして言った。
「昨日御前に呼ばれまして、
とてもまじめな顔で申しつけられましたので、
まじめに承って参りました。」
なんてことを、とユニが怒っている。
ユンシクは、結納の緊張と、
親戚相手の緊張が解けたせいもあって
笑ってしまった。
この世で、王様に怒る女人など、
そうはいないだろうが、
ここに一人いるなあ、と思うと
おかしくて仕方がない。
「あなた一人におっしゃったの?」
「お側には、内官様も尚宮様も、
領議政様もいらっしゃいました。」
「やっぱり!!
皆様に聞かれてるじゃないの!」
王様にも注意して頂かなくちゃ、と
ユニはぷんぷんと怒った。
ユンシクはまたおかしくて笑った。
王様がユンシクにその話をしたとき、
側にいた内官たちは、
横を向いて口を押さえたのだ。
笑いをこらえていたに違いない。
ナム内官は、ユンシクを執務室から送り出すとき、
耳元で囁いたのだ。
女人を恋い慕う王様のお姿は・・・
長年お仕えしてはいるが・・・
初めて見るのだ・・・。
まるで、婚儀など上げたことのない
若者のようで・・・微笑ましいのだよ・・・。
思い出したそんなこともおかしさの一つだが、
また姉上が怒って、王様がお困りになっても
困るなあ、と黙っていることにしたユンシク。
親戚の応対で、
なんとなくささくれ立っていたユンシクや母の心も、
王様のユニを思う気持ちや、
それを恥ずかしがって怒るユニをみているうちに、
和やかに緩んでいった。
夕餉もとり、親子三人で、
残り少ない団らんの時を過ごす。
ユニは毎日チマを着替えていた。
王様が清に行く前に仕立ててくれたチマやチョゴリ。
王宮に上がれば、王宮で王様の妃にふさわしい
衣装を与えられる。
持って行くものなど何一つない。
ユニは名残を惜しむように着ていた。
今日は、使者の前には立ちはしないが、
白のチョゴリに袖を通し、
深紅のチマを豊かに装っていたユニ。
ペッシテンギも、テンギも、
王様から頂いたものをつけていた。
結納の品が置いてある部屋に行ってみる。
絹が五疋、干しアワビや米。
形良く積まれ、それをみたユニは、
ようやく実感が湧いてきた。
本当に・・・
私は王様の元に行くのね・・・。
静かに品々の前でたたずむユニの耳に
聞こえてきた訪いの声。
ユンシクが出て行く気配がする。
また親戚だという人が来たのかしら、と
ユニがぼんやりしていると、
ユンシクが、姉上!と駆け込んできた。
「・・・王様が・・・!」
驚いて振り向いたユンシクの後ろに、
王様が立っていた。