小さな恋の物語 ジェシンとユニ その11 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

 

 

 屋敷に戻ると、どんなに遅くともユニが待っている。今日はヨンハが相手の飲み会だから遠慮せずに休めとは言っていたが、やはりユニは出迎えに出てきた。楽しかったですか、と聞く身体からは湯浴みの香りが漂い、寝化粧をうっすらと施した頬は、年齢を感じさせないほど若々しい。

 

 成均館を出、一年ほどを官吏として過ごした後に婚儀を挙げ、その後一年を清への留学で費やした。そのため、すでに成均館へ入ろうかという長男がいる二人は四十を超している。次男から間を空けて娘を出産するときは、その年齢故に周囲はかなり心配したが、ユニは健やかな赤子を産み落とし、自らも元気に予後を乗り越えた。そうして増えたジェシンの家族。本当に満ち足りているとジェシンは思う。

 

 湯をざっと浴びユニの部屋に戻ると、すでに床が用意され、ユニも真っ白な寝衣に着替えていた。よほどのことが無い限り、二人は一つ床で眠ってきた。今日も変わらない。ユニはジェシンの腕の中で眠る。

 

 お互いを信じている。自分を愛してくれている、大事にしてくれている。決して自分の元を去ることはない、と。大人になったのだからこの世の理も十分理解している。寿命が来たら別れがやってくる。其れは当たり前の事だと、色々な人を見送ってきたから分かる。その天の意志に逆らう気など全くない。ないのだが。

 

 それでも確かめていたい。あの夏の日、別れの日があったのはお互いにまだ子供だったからだ。分かっている。10年近く会えなかったのは、自分たちのせいではない、努力が足りなかった訳ではない、それも良く分かっている。分かっていてももう厭なのだ。共にいることのできる歓びを知ってしまったから。温もりを望めば、すぐに与えてくれる人が自分の伴侶として側にいてくれるのだから。生きていれば必ずある悔しさも寂しさも、親しい人との別れも、そのために苦しくなる胸の内を理解して、手を取ってくれる人がいる安心を知ってしまったから。

 

 眠るとき、ユニの髪は編んで肩に掛かる。少し幼くなる。眠ればさらに幼さが増す。その寝顔を眺めて、ジェシンは天に感謝する。あの夏の日から長く見ることのできなかった少女の顔を、ユニは眠りながら見せてくれることに。ジェシンの永遠の初恋、初めての理解者。腕の中のユニの背を優しく撫でて、ジェシンが会えなかった間のユニの苦しみを、苦労を、昇華させるように包み込むことができる事を。寝顔の無邪気さがいつまでも続くことを。

 

 今夜も月が出ていた。もう月を眺めて孤独を感じることはない。山の端から出てきた月は、再び山の端に帰って行く。帰る場所がある事をジェシンは知った。自分にもちゃんと待ってくれる人が、人たちがいることを知っているのだ。

 

 お前もそう思っているだろう、ユニ。

 

 答えはない。けれど、腕の中の静かな寝息と微笑んでいるような寝顔が全ての答えだろう。ユニが少女の時の苦難を乗り越えてくれたからこそ巡り会えた。ユニはジェシンの辛いときに一緒にいてあげたかったと言ってくれたが、ユニの苦労に比べればジェシンの少年期の悩みなど大した事はない、そう思っている。だからこそジェシンは思う。沢山の愛を与えるべきなのは自分の方なのだと。今のユニだけにではない。あの夏の日からの少女のユニに、男装のユニに届くように、溢れんばかりの幸せと愛情を、と。

 

 ジェシンも外見は少し老けた。ユニも時々騒いでいるが、ジェシンからすればユニはまだ少女の様に愛らしい。明るくて、聡明で、少しだけ生意気で、四十を超した女人だとは思えない。ジェシンの可愛いユニのままだ。

 

 あの日、渡した孤独に満ちあふれた詩『孤月』。少年ジェシンの魂も、ユニを得て孤独じゃないことを知った青年ジェシンの魂も、ジェシンの腕の中のかつての少女が抱きしめていてくれる。それだけでジェシンの胸は温かさが満ちる。

 

 願わくば少しでも長い今生を。そして巡り会う来世を。来世は、できうるなら少年少女の時からの縁を。

 

 手に入れた温もりより他に、ジェシンに望むものなどないのだから。

 

 

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