小さな恋の物語 ユニ その4 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

 

 

 成均館に入るよう命じられた日は決まっている。ユニの決断は早かった。どうせならとことん。いけるところまでいってやる。

 

 土間に立って、今でも普通の娘よりは短い髪をさらに切って肩までの長さに切りそろえた娘を、ユニの母は黙って見ていた。息子の服を着て、年頃なのに白粉一つ肌にのせることのできない娘。かといって、母がユニがここ数年やってきたことを代わりにやれるかと問われれば、母は俯くしかないのだ。家族を養わせ、なおかつ男の振りまでさせた。母がしたことといえば、借金を増やしたことだけ。

 何も言えなかった。娘のユニは、小科を受けるという決心は母と弟に告げたが、其れは宣言で有り相談ではなかった。このままのたれ死にしたくはない、ユニはそう言った。そこからユニが机に向かう姿に、母がなんの文句を言えただろう。道楽で学問をしているわけではない。父親が存命の時は、いずれ嫁に行く娘が学問など身につけていたらみっともない、そう言えた。かわいげのない男勝りな娘は喜ばれない。婚家と夫に従順で、家事を取り仕切り、縫い物ができれば十分なのだ、娘なぞ。けれど、ユニが今鬼気迫る勢いで取り組んでいる学問は生きるためだ。食べるため、生き残るため、そしてキム家が存続するためだ。

 

 けれど、合格した、と報告した後、黙って髪を切ったユニから理由を聞いたとたん、母は立ち上がった。必死に首を振った。いくら何でもこれはダメだ。どんなに困窮しているとはいえ、娘を女人禁制の学問所へ送るなんて。其れも寄宿。身を騙っていた、そんな罪だけで済みはしない。誰か一人にでもその身が女人だと悟られた日には、どんな目に遭うか。両班の娘であろうが、平民の娘であろうが、娘一人なぞこの国での扱いは物に近いのだ。ユニの身は穢され、もしくは殺され、自分たちは身分も家も失いのたれ死ぬ、そんな未来は簡単に想像がついた。自分たちがのたれ死ぬのは仕方がない。娘に危険な事をさせるしか能のない家族なのだから。けれど、娘に辛い思いは、怖い思いはこれ以上して欲しくない。母親としての最低限の思いを、母はユニにぶつけた。

 

 けれど、娘ユニの決心は固かった。待てない。弟ユンシクが健康だと断言できるのがいつかなぞ、誰にも分からない。病と貧しさで学堂にすら通えなかったユンシク。ユニは女人だから論外だ。得た知識は本からのみ。

 

 必要なのだ、とユニは母にいった。学ぶ場に行って、学ぶことを教えて貰わなければならない、そう言った。解釈も、見方も、様々な角度から見ることをユニは知らない。一人で勉強してきたからだ。字面しか知らない。其れはユンシクも同じ。目や耳を塞いでいることと同じなのだ、と。其れではいずれ手詰まりになる。何を学び、どう考えれば良いか分からなくなる。一人でこもって学問はできる。けれど其れでは稼げない。私が学んでくる。其れを弟ユンシクに全て与える。時間は少ない。身体を治しながら、一人前の男にならねばならない弟の為に。

 

 そして、自分の為に、という理由は胸の中に隠した。

 

 成均館。朝鮮中の若い儒者が憧れる場所。一流の学者が教授として教鞭を執り、国中の秀才が切磋琢磨する学び舎。この中から幾人も朝廷の官吏として登用され、名をなしてきた。

 

 小科の試験を受けている間、ユニは感じていた。周囲にいる儒生達の研ぎ澄まされた空気、走る筆の音。皆、素晴らしい頭脳を持っているように見えた。コビョクをしたときとはまた違う緊張感を持っていたからかも知れないが、ユニはその雰囲気を心地よく感じた。怖かったのに。男の中で一人受ける孤独と恐怖が支配すると思っていたのに、筆を執った瞬間から、ユニの頭は冴え、課題以外のよそ事は胸の中からなくなった。書き切ったあとの爽快感は言い表すことができないほどだ。同じ課題のために共有する緊張と、隣の儒生が自分より上かも知れないという負けん気が、ユニには心地よかった。そんな場に行きたい。あの空気の中で学びたい。

 

 ユニは完全に儒者としてそこにあったのだ。其れを手放したくはなかった。

 

 

 そして半月後、ユニの姿は成均館の門前にあった。

 

 

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