小さな恋の物語 ヨンハ編 その9 | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

 

 

 ヨンハはそれはそれは喋った。自分の家が商売をしていること、母が身体の弱い人で兄弟がいないこと、都がどんなに賑やかか。ユニを退屈させないためでもあったが、喋っていないと何だか気分が落ち着かないためでもあった。

 

 ユニに会わなかった三日ほどの間に、別邸にいる間だけの臨時の知り合いだと割り切ったはずだった。たまたま出会い、身分が同じで有り、年齢も近く、頭の回転がそこそこあって、そして見ていて綺麗。短期間を楽しく過ごす相手に丁度良いから、と自分の気まぐれを肯定したはずだった。

 

 けれど、道の向こうから現れたユニを見たとき、ああ、いいなあ、と思ってしまったのだ。あの子はいい。それは直感でもあったが、その直感が当たるものだとヨンハは思っている。

 

 ヨンハは、自分にないものが、両班としての血だと重々理解している。家の歴史の浅さ、なんの経歴も朝廷に残していないその名の軽さは、ヨンハをどっちつかずの心持ちにしていた。父は、両班の身分を欲しがり、手に入れたくせに、というか手に入れたのだが、両班としてのなんの足跡も残せずにいる。父には首まで浸かっている商人としての生き方は変えられないのだ。だからヨンハにこれからの家名を託している。けれどヨンハとて父を見て育った少年だ。父の操る商品と金と人とのほうが、学問よりはよほど面白そうに見えている。実際、自分たちの生活が潤っているのは、その父の手腕のおかげなのだ。ヨンハは自分の血が父寄りな事を自覚し始めている。

 

 しかし身分は両班だ。父は官吏として大成する息子を期待している。ヨンハはその狭間にいる自分が少々ふらついていると分かっていても、どうしようもない。父の期待には応えなければならないし、かといって、父が築いた商人としてのク商団を放っておくわけにもいかなくなるだろう。ク家には、跡継ぎはヨンハ独りしかいないのだ。

 

 ヨンハにとって母は憧れだ。存在するだけで、母は両班の女人だった。その美しさ仕草、はかなさ、従順さ、全てが理想の女人だ。

 

 ヨンハは、ユニに母に共通するものを感じたのだ。

 

 母と違い、ユニは元気溢れる娘だ。よく考えれば、家事をこなし、弟の世話をし、学問も嗜み、その上外で摘み草をして歩き回る。一日内棟に座っているのにすぐに床に伏せる母とは違う。けれど、其れを除けば、ユニは母と通ずるものの方が多い。

 いや、そんな具体的なものでもない、とヨンハは口を動かしながらも忙しく考えた。

 本当に一瞬の印象なのだ。道の向こうに現れたその姿、視界にはっきりと映った顔立ち、声に乗って届く綺麗な言葉遣いの優しい言葉、その一瞬一瞬が美しく、上品だ。いちいちヨンハの胸を叩くのだ。ヨンハを落ち着かせない、動揺させるユニの存在は、予感を抱かせる。

 

 何が短期間だ。別邸にいる間だけ、だ。無理だろう?

 

 けれど其れはヨンハの胸の内の問題だ。どんなにヨンハの胸の中が波立っても、所詮ヨンハはここではよそ者だ。滞在者だ。いずれ、いや、そのうちに都に帰り、二度とは訪れない土地になることはわかりきっている。ヨンハは子供だ。たった13才の。父の庇護の元、父の望みに逆らえない未熟者だ。短期間しかユニと共にいられる時間がないのは、単なる事実だ。覆しようのないことだ。

 

 「・・・お母上様は、お医師様から処方された薬を服用されていますでしょう?」

 

 ユニの声が聞こえてヨンハは我に返った。ユニは返事をしただけだ。ヨンハが喋り散らしたことに。自分の考え事に囚われかけていたヨンハはどうにか立て直した。いつの間にか林は抜け、狭い草原を横切っている。

 

 「・・・ええ、でも直接効く薬などないらしいので、滋養強壮に良い朝鮮人参を煎じているだけで・・・それも効いているのかどうか。」

 

 どうにか返事をすると、ユニは首を傾げて考え、それならお茶代わりに飲めるものなら害にはならないでしょうか、と思案をしている。他人の事なのに、と真剣な顔に、ヨンハは何だか心が温かくなった。

 

 「お茶代わりになる野草があるんですか!じゃあ、俺も飲んでみて、母上にお勧めした方がいいかなあ?!」

 

 今はこの子との時を大切にしよう、ヨンハはそう切り替えて、見えている別邸を指差してユニにその存在を教えた。

 

 

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