小さな恋の物語 ジェシン編 その3 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

 

 「大層ご機嫌のようだけれど、いいことでもあったのですか?」

 

 夕餉の時に不意に母に聞かれて、ジェシンは我に返った。そんなに俺の態度はおかしかっただろうか、と考えたが、何しろ自分の世界に飛んでいたために自分の態度を覚えていない。

 

 膳に上る青菜の和え物を粥の上に載せたところで思い出したのだ。川縁に立つ少女、ユニの姿。その腕に下げた籠から覗く芹の緑がいやに鮮やかに甦っていた。白いチョゴリと対照的なその鮮やかな色が、香りも伴ってそこにあるかのように。

 

 ユニは首を何度か傾げた後、私は、と日々の自分の予定をジェシンに教えた。

 基本的には母と家事をしていること。病勝ちで床にいることが多い弟のそばにいて、本を読んだりする介添えをしてやることが多いこと。その時だけは、母はユニがものを読むことを止めないこと。そして弟が比較的元気で、父と素読をする時間があるときは、こうやって外に出て野草をとることが自分の役目である事。

 

 「嫌いではないんです、外に出るのは。父は・・・私には優しいですし、母も別に意地悪なわけではありませんけど、ずっと弟の小部屋にいると身体がかちかちになるような気がするので・・・。でも家事では身体はほぐれません。それに弟の学んでいる本は暗記してしまいましたけど、弟が進まない限り、私は新しい本は読む機会がないですからちょっとつまりません。父のお弟子さんが学んでおられるときには、少しでもと縁側に座して聞こえてきたことを書き取っているんですけれど、其れは母の目を盗んでのものですから、はかどりませんし。こうやって一人で歩いたり走ったりしていると、すっきりします。」

 

 だからいつお訪ねできるか分かりません、と残念そうにユニが言うので、ジェシンは笑ったのだ。

 

 「こちらは毎日予定がないのと同じだ。だから、逆に言えばいつでもユニ殿を待っていられるってことだ。」

 

 時刻も時刻なので、ジェシンはユニを伴い小川のほとりを下っていた。そして雑木林の入り口で、ジェシンは別邸に、ユニは集落の方へと道が分かれるときになって、二人は向き合っていた。といっても、同年齢の男子としてはかなり体格のよいジェシンと、おそらく年齢並だろう少女のユニとでは頭一つ分ぐらい顔の位置が違ったが。ジェシンから見えるユニの頭の髪の分け目が、髪の艶めく黒と対照的に白く潔くて、思わず見入ってしまっていたぐらいだ。

 

 「俺は退屈だから、昼からは身体を鍛えることにしている。まあ・・・馬も連れてきていないし弓の道具もないけどな。走ったり、棒っきれで剣術の稽古ぐらいはできるから、この辺りでする事にしよう。ユニ殿の都合のいいときに来てくれたら、別邸まで案内するぞ。」

 

 ユニはぽかん、とジェシンを見上げていた。女児は人に命ぜられることが多い。あれをしろ、これをできるように、あれはするな、これはダメだ、そうやって夫に従う様に躾けられていく。大家のお嬢様なら、下人下女に命ずることや我が儘を言うことは許されているだろうが、それとて家の男達の下人への扱いを見ているから同じようにまねしているだけであって、父親や兄弟に甘えることはあっても逆らうことはない。ましてや、先に思いやって貰う事などないのだ。女人は常に男の何歩も後ろ、男より尊重されることはない。けれど、ジェシンはユニの都合を慮るような事を言った。ユニにとって、其れは驚くべき事だったのだ。

 

 ジェシンはさすがにそこまでは気づいてはいない。けれど、ジェシンの言葉に固まっていたユニが、少し顔をほころばせて頷いた、その時から機嫌はうなぎ登りだった。小川の側に佇む姿を彩る芹の青、木漏れ日にちらちらと輝いた黒髪、見とれてしまった髪の分け目から鮮やかに浮き出ていた白い地肌、そして集落へ帰っていく細い後ろ姿から伸びる長い陰。全てがジェシンの目を楽しませた。ユニは話をしていても会話が続く気持ちよさを与えてくれたが、ジェシンにとってつまらないこの田舎暮らしに、周りにある土と木の幹の茶、そして雑草の緑以外に彩りをもたらしてくれた美しいものの象徴だった。その機嫌は母に気づかれるほどジェシンを浮かれさせていたらしい。

 

 「ちょっとした知り合いができました。忙しいそうなのでいつになるか分かりませんが、会えたらここに連れてきていいですか?」

 

 ジェシンは少しだけためらってから、ユニの事を正直に母に話し出した。

 

 

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