小さな恋の物語 ソンジュン編 その7 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

 

 

 ソンジュンは初めて人を待った。軽い昼餉を急いで食べて、雑木林を抜けた小川のほとりへ一目散に駆けた。待たせてはならない、待つのは俺なのだ、と妙な使命感もあった。

 

 夜、眠れなかったのだ。規則正しいソンジュンの生活は、厳しい父の目や健康を気にするお付きのげなんの目がなくても何ら変わらなかった。決まった時間に床に入り、夜明けと共に起きる。ソンジュンは自分を律することが嫌いではないのだ。そのソンジュンが眠れなかった。いや、布団には入ったのだ、いつもの時間に。それから天井をどれぐらい睨んでいたかわからない。いつもは割とすぐに意識が遠のくのだ。それなりにお子さまなのだ、まだ。床に入り、身体が温まれば眠気に負ける。けれど、昨夜は目が冴えていた。

 

 物音一つしない別邸。外から蛙の鳴き声と夜に啼く鳥の声が聞こえるだけ。ソンジュンの脳裏には離れたところから眺めたユニの姿と靴を脱ぎ捨ててあらわになった白い小さな素足が浮かび上がって離れやしない。

 

 ソンジュンは知っている。8つを過ぎた頃からイ家に舞い込むソンジュンの縁談の話。ソンジュンの父は凝り固まったような派閥主義の人だが、婚姻に関しては自分も遅かったせいか乗り気ではなかった。聞いた話によると、ソンジュンの母との縁も、縁談として持ち込まれては来たのだが、いくつもある中から自分で選んだらしい。だから、ソンジュンも自分で選べるようになってからでいい、と断ってくれていると母から聞いてほっとした。

 同じ男でも話のあう学友を見つけられていないのに、会ったこともない女の子などソンジュンの想像の範疇外だった。未知の生き物だ。正直、ユニと話をしたのが初めてと言っていい。

 

 初めてだからこんなに印象に残ったのか、とソンジュンは眠れないことを理由に考えた。しかし、そうではない、と頭の芯の部分が熱く否定する。その熱いところが自分の感情の中心だとは分る。ここを波立たせたくない。理性的でないのはソンジュンの理想に反する。しかし、ユニがソンジュンを揺さぶったのは、その感情の部分だ。そこが熱を持って眠れない。

 

 異性だから、というのは確かに理由の一つだろう。未知のものと関わり合う興奮は理解できる。しかし、それが感触のいい興奮かどうかはやはり好みの問題で、再び会うこと、関わり合いを望むことは、好感触だったと言うことなのだろう。同性にも持ったことのない好意という感情を、初対面の、それも異性であるユニに感じたのはソンジュンにとってはあり得ないことなのだ、今までなら。

 

 今までなら、いつも通りに戻そうとしただろう。明日の約束などせず、ただ行き合って多少手助けをした、それだけで終わっただろう。しかし、それで終わらなかった、終われなかった、それがソンジュンの今なのだ。受け入れざるを得ない。

 

 もっと話をしてみたいと思う、一緒にいたいと思う、彼女の家族の話を聞きたいと思う、彼女の好きな事をさせてやりたいと思う、会いたい。

 

 考えても答えの出ないことがあるのだ。そう分って、ソンジュンはようやく眠った。ユニに会わなければ分らないのだ。だから、会えばいい。会って話をすればいい。そう思ったら、ソンジュンの意識は曖昧になっていった。

 

 そしてソンジュンは駆けた。小川のほとりには誰もいなかった。ちょうど太陽は真上に上がろうとしているところだ。時間が早かったのだ。けれど、待つと決めていたからそれでいい、とソンジュンは大してがっかりもせずに、小川のほとりの大きな石に腰掛けた。

 

 橋も架かっていない小さな流れ。ソンジュンはひとっ飛び。もし母のような女人なら、飛び飛びに顔を出している石を二つほど踏めばわたれる、そう思いながら顔を上げた。昨日ユニと別れた所だ。ユニが歩いて行った方向ははっきりしていた。

 

 だから嬉しかった。細い道の向こうに見えた姿。昨日と同じ格好をしている。籠を肘に下げて、急ぎ足で向かってくる姿は見るからに小さくて、ソンジュンは立ち上がって駆けだした。

 

 答えなど一つしかなかった。俺はユニ殿に会いたいだけなんだ。

 

 嬉しそうに笑んだ表情が見えた時、ソンジュンははっきりと『恋』を自覚した。

 

 

 

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