「・・・色々な日があります・・・。」
と語る少女を促して、ソンジュンは川の畔を下り始めた。芹の入った籠はソンジュンが持った。大きなものではなかったが、それぐらいはしなければならないという男としての矜恃は芽生えていた。いや、今日、今このとき生まれたのだろう。今までは、供の下人が書物や筆記用具の入った包みをすべて持ってくれる生活をしてきているのだから。イ家のものがみたら、驚くべき光景だったろう。
ユニ曰く、弟が熱を出せば医師を頼むために外には出るが、後は枕元で看病する事が多く、出るどころではないという。逆に今日のように外に出ることができるのは弟が元気なとき、すなわちユニの行動は弟の健康状態に左右されるらしい。ユニの為には理不尽だとは思ったソンジュンだが、女人としての家庭での立場ならなんらおかしいことはない。その矛盾は分っていても、ソンジュンはしらん振りをすることにした。どうもこの少女相手だとソンジュンの今までの知識による基準は簡単に動かされてしまうらしい。そんな自分の心の揺れ動きを、不思議に思いながらも止めようとは思わなかった。なぜなら、ソンジュンはその心の揺れが厭ではなかったからだ。ユニという少女のために動くのなら、構わないと思っているところが特別の証拠なのだと、そこの所にはあまり気づいてはいないが。
しかしそれではあまりにもユニの外出日が不確かすぎる。弟が元気が良ければといっても毎日摘み草に出るわけではないだろうとソンジュンが思い、実際にそれを言うと、ユニはクスクスと笑った。
「いいえ、良く出ます。今、いい季節でしょう?我が家は節約のためと弟の身体のために、野草をよく使うんです、食事に。だから私の摘み草のための外出は結構お母様にお許し頂くんですよ。」
今は蕗が採っても採っても伸びてくれるのでしょっちゅう採りに行ってますし、芹はさすがに山の中でももう終わりだから、もう少しがんばって採ろうと思っている、春先にはキイチゴを摘んでは煮て貰ったし、もう少し季節が進めばヤマブドウが小さな実を沢山つけるからそれを干す、とユニは笑った。
ユニの明るい声を聞いていたソンジュンは、はた、と気づいた。こっそり会おうと思うからいけないのだ、と。知り合いとなれば会うこともおかしくない。ただ問題が一つある。ソンジュンはユニより一つ年上の10才。9才のユニと共に、すでに7才を超えている。親しく話をする事はあまり好ましくない年齢になっている、男女として。王族ならば、すでに婚約も済んでいる年齢だ。いくら田舎で両班の身分の者があまりいない土地柄とはいえ、人目をはばかる微妙な年齢にさしかかっているとも言える。
そうか、とソンジュンは心の中で手を叩いた。いいことを思いついた、と胸も弾む。
「ユニ殿・・・俺もどんなものが食せるのか知りたい・・・。母の身体のためにもなるかも知れないしね。今日はたまたま遠出をしてみたけれど、毎日は母が心配するんだよ、何しろここは俺にとっては見知らぬ土地だからね・・・。」
ソンジュンは頭を久し振りに回転させた。それも高速で、力一杯。毎日本を読み、暗唱も書き取りも欠かしてはいないが、家庭教師についてもらったり、学堂で習ったりしているより数段使っていない事は自覚済みだ。学問以外にこんなに頭を使うことができるなんて考えもしなかった。
「・・・俺が滞在している屋敷の周りにも、いい野草があるだろうか・・・?」
ちなみにユニが今良く採れると主張した蕗はどう食べるのか、ソンジュンは聞いてみた。
ユニの家では、茎も葉も甘辛く炊いて佃煮のようにしてしまうのだそうだ。日持ちもするし、味が濃いのでご飯のおかずにもなる。今は、最近よく採っていたゼンマイを絶賛陰干し中らしいので、そういう処理もするのだとソンジュンは感心して聞いた。
「私が知る野草など少ないのですが、一度周りを見せて頂いてもいいでしょうか?」
ほらかかった、とソンジュンは微笑んだ。来て頂いたら、是非にもやりたいことがある。
「庭も結構あるので、庭の中も見て貰えたら・・・ああ母にちゃんと紹介しますから、明日にでも会えませんか?」
弟が熱を出さなければ、ときょとんとした顔に、ソンジュンは自分の思いつきの勝利を確信した。