㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
彼女の緩慢な動きが、具合の悪さを強調しているように見えて、ソンジュンは慌てた。
「・・・かなり辛いですか?図書館の人に頼んで、救急車を・・・。」
いえ、と小さいがはっきりとした声音が聞こえて、ソンジュンは彼女を改めて見た。彼女、キム・ユニは背もたれに預けていた身体をどうにか起こし、座り直していた。けれど、背筋は伸びきらないようで、太ももの辺りに肘をついて前屈み気味になってはいる。
けれど、顔を少し上げて、ソンジュンを真っ直ぐに見ていた。
「・・・蒸し暑くて気分が・・・あなたの言うとおり、熱中症気味なんでしょう・・・そちらを頂いてもいいですか?」
目線がスポーツドリンクを指していた。確かに熱中症なら、スポーツドリンクの方が即効性があるだろう、とソンジュンはペットボトルを渡そうとして、気づいたようにそのキャップを緩めた。
「・・・早く飲んだ方がいい・・・。」
言い訳じみたことを言いながら渡したが、本心でもあった。気分が悪い位で済んでいるうちに対処するにこしたことはないのだ。まだ汗がしたたり落ちるような暑さの季節ではないが、案外こんな中途半端な季節ほど油断してしまうのかもしれない。閲覧室は飲食禁止だし、喉の渇きもそれほどない間に、身体に熱が籠ることなど冬でもあることだ。
彼女は静かに頭を下げると、受け取ったペットボトルのキャップを緩慢に外し、ゆっくりと口に一口含んだ。そんなのじゃ足りない、と口出ししそうになったソンジュンだったが、キム・ユニはそこから途切れることなくゆっくりと口に含んでは嚥下することを繰り返し、500㎖の飲料を全部飲み干した。
ソンジュンはその間中突っ立っていたのだが、ユニが飲み干したと同時に我に返り、彼女がゆっくりとキャップを閉めた空のペットボトルを取り上げた。そして隣に浅く腰掛けると、水のペットボトルを彼女の目の前に上げた。
「・・・まだ冷たい・・・これを首筋に当てよう。後ろにもたれて・・・挟むから・・・。」
ゆっくりとユニは背もたれに身体を傾けた。そのからだが落ち着いたところで、ソンジュンはペットボトルを彼女の首筋に横から滑り込ませてやった。
「・・・気持ちいい・・・。」
そう呟いたユニに、少し目を閉じておけば、と小さく囁くと、ユニは素直に目を閉じた。まだ顔色は白い。スポーツドリンクが身体に浸透するのにも少しかかるだろうから、とソンジュンは側で見守ることにしたのだが、何しろ間が持たない。けれど、身体の辛い人に話しかけるのも気が引ける。ただ側にぼんやりしているのも気が利かない気がする。だが、話のネタもない。立ち去るのもおかしいし、こんな状態の彼女を置いていくのも心配だ。だが、ぽうっと側に座っているのもどうも間抜けな気がして。
そんなとき、目をつぶったままの彼女の口が開いた。
血の気の薄い白い顔の中で、今唯一色がある場所。体調が悪くても尚淡い桃色に色づくそこに、ソンジュンは見とれた。
「・・・ご迷惑おかけしました・・・少し気分が良くなってきたので、もう少しで・・・。」
そうですか、と相槌を打てば、しばらくして、また彼女の唇が動いた。
「たぶん・・・寝不足だったんです・・・。弟が・・・久し振りに高熱を出して・・・母は次の日も仕事がありますから、受験勉強がてら夜は私が様子を見ると請け負ったんです・・・三日ぐらい熱が下がるまでにかかって・・・普段より寝る時間が短くなってしまったから・・・体調が万全じゃなかったんですね・・・。」
「・・・寝不足は確かに一番身体に影響があるから・・・。」
ソンジュンが肯定の相槌を打つと、よくわかりました、と唇がふわりと微笑みの形に変わった。
俺が熱中症になる・・・。
ソンジュンは身体が熱くなり、胸が高鳴るのをしっかり自覚した。