《成均館時代、ユニに対する親しみが深くなってきた頃》
ヨンハは着飾るのが好きだ。
自分も煌びやかにしていたいし、自分の周りにいる、特に女人は
美しい方がいいに決まっているので、
それが例え妓生であっても気軽に贈り物をする。
金はある、ちやほやされるのも好きだ。
それなのにどうだ、と成均館で一緒にいる仲間を眺めてヨンハは嘆息した。
大体において、親友、悪友とヨンハが思っているジェシンは
服装などどうでもいいと考えているような男だ。
講義の終わった今など、儒生服姿ですらない。
一応結っていた髷はすでに解かれぼさぼさだし、長衣を緩く着ているだけ。
ジェシンと同室のイ・ソンジュンは儒生服を隙なくぴっちりと着て、似合ってはいるが堅苦しくって仕方がない。
二人とももっと格好を気にしろよ、と思うけれど、そんな事を言ったら呆れたような反応しか絶対かえってこないから
言わないことにしている。
もう一人、ジェシンとソンジュンと同室のキム・ユンシクをヨンハは眺めた。
黒目がちの可愛い顔に笑顔を浮かべてソンジュンと喋っている。
儒生服が少し大きめで、着られている感じがするが、ソンジュンほど堅苦しさは感じない。
まあ、男の服を着てるんだもんなあ・・・。
女人のくせに、とヨンハは自分よりも低い位置にある頭を撫でた。
今は儒巾を被っているが、外出着になれば笠を被る小さな頭。
艶やかな黒髪を綺麗に髷に結っているのが、最近痛々しくて見ていられない。
最初から疑い、いつの間にか確信に変わっていた。
王様すら褒め称えたといわれる美貌とはどんなものかと、鳴り物入りでの入学を待ち構えていたヨンハ。
見た瞬間、その本物の美しさに驚き、悪戯心で抱きしめてみればあまりにもその身体が嫋やかで。
正体を暴こうと、ユンシクを邪魔に思う掌議に便乗して仕掛けてみたものの、
上手く躱されて今に至るが、側にいる時間が多くなるほど、
ヨンハの疑いは確信に変わった。
なぜ男の振りをして?
それはすぐに理由に思い至った。
貧しいからだ。
家を立直し、貧窮から脱するために、彼女は学び、官吏となり、名誉と禄を共に得ることを目的としている。
聞いた家族構成からして、姉がいるということだから、ユンシクがその姉本人なのだろう。
弟の代わりに、弟が世に出るまでの身代わりをしているのだ。
弟の成長を待てないほど、いえは逼迫していたのだろう。
いつ見ても、何度見ても、どこから見ても、ユンシクは美しかった。
ヨンハの喉が鳴るほど。
男としては、美しい女を側に置く歓びが欲しいのは当たり前だ。
だが、ヨンハにはもう一つやりたいことがある。
黒髪を美しく編み、輝く宝石をちりばめてやりたい。
布自体が美しく光沢のある絹物で、華やかなチョゴリを仕立て、布を惜しみなく使ったチマを着せてやりたい。
薄く化粧を施したら、どんなに美しさが増すだろうか。
そんなのじゃ足りない。もっともっと与えてやりたい。
もっと西の方の国には、孔雀という鳥がいると聞いた。
雌を誘うために、雄が大層美しい羽を持つらしい。
その鳥の尾の羽を、ヨンハは笠につけたことがある。
紫がかった美しい青にヨンハは見とれたものだ。
その羽を欲しい、今はそう思う。
目の前の女人は、着飾ることを知らない。着飾りたいかも聞けない。
与えたくても与えられない。
それならば、美しい羽を見せつけて、誘い込んで、
自分も美しい羽を持ちたいと思わせてしまえばいいのではないか。
ヨンハは知らなかった。
今までヨンハが知っている女人は、皆ヨンハの羽を欲しがったのに、
目の前のこの男装の娘にはそれが効かないということを。
提示した美しいものが、全て断られることを。
彼女が欲しいもの、それが何かをヨンハが知るのは、
彼女の生きてきた道を知った後だ。
しばらくの間は、綺麗な服でも宝石でもなく、
一番喜ばれる夜食の菓子しか、彼女は受け取ってくれない。
孔雀の尾羽は、全く役に立たないこともあるのだと、
ヨンハは知ることになるのだった。