白鳥 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

 《成均館時代、ユニを意識し始めた頃のジェシン》

 

 酒が抜けてぼんやりとした頭で、ジェシンは成均館へ向かっていた。

 

 このところ、赤壁書として動くことはなかった。

 良く抜け出していた成均館にとどまることが増えたからだ。

 それはひとえに、同室になった二人のせいだと言える。

 

 一人は派閥としては敵対関係に当たる老論の子息。

 一緒に暮らしてみれば、物静かであまり邪魔にはならない。

 一人は、小さな派閥、南人の子息。

 世慣れず、オロオロすることも多い頼りなげなこの青年を

 ジェシンは柄にもなく気に掛けていたのだが。

 

 偶然にもこの青年が女人であると知ってしまった。

 さすがに前代未聞のことであるだけに、ジェシンも自分の頭を整理するのに時を要したが、

 わけありな様子に口をつぐんでおこうと決心をいざしてみれば、

 今度は気になったのが、同室の二人の関係だ。

 

 元々、知合った状態で成均館に入ってきたイ・ソンジュンとキム・ユンシク。

 ソンジュンがユンシクを構うような状態で始まった生活は、

 二人を親友の間柄に押し上げた。

 ジェシンの見るところ、ソンジュンがユンシクの正体に気づいている様子はないので

 完全なる男同士の友人関係に間違いはないのだが。

 

 おそらく、ユンシクの方は、ソンジュンに憧れを持っている。

 そう、ジェシンは確信している。

 それは、毎日二人を見ていると分ることだ。

 視線の一つ一つ、仕草から。

 そしてソンジュンの方も、ユンシクを特別視している。

 男には絶対にしないだろう優しい手付き、まるで幼い子を守るような態度、

 全てがユンシクに対しての庇護欲を持っていることを表している。

 

 それが気にいらないと思う自分の感情を

 ジェシンはもてあまし気味になってきているのだ。

 

 ふと見た川の流れに、鴨が浮かんでいる。

 それを眺めながら、ジェシンは最近読んだ詩集にあった詩の中で、

 白鳥という鳥を謳ったものを思い出した。

 

 真っ白な羽を持ち、鴨などのような水鳥の中では立派な身体を持つ白鳥。

 その優雅さ、気高さを謳ったその詩に、ジェシンはソンジュンを思い出した。

 

 男として、両班の子息として、ソンジュンは全てが優秀だ。

 常に壮元を譲らない秀才ぶり、それを支える真面目な学問への取り組み、

 秀麗な美貌を持ち、逞しい体躯を誇る。

 成均館に群れる両班の子息の中でも群を抜いている男としての完成度は

 地味な鴨の中で一際白く輝く白鳥を思い出させた。

 

 俺はあいつには敵わない。

 

 ジェシンは舌打ちを鳴らした。

 今までなら、そんな事はどうでもいいとしらん振りできた。

 実際、どうでもよかったのだ。

 自分の身の危険さえどうでもよかったのだから。

 けれど、今、胸の内で、ソンジュンに敵わない、という事実に

 悔しさを感じている自分に気づいて、

 それが何とも気持ちが悪くて仕方がない。

 

 白鳥ではなくとも、ユンシクを守ることができる、本当はそう言いたい。

 お前でなくても、俺だってあの小さい同室生を守ってやれる。

 けれど、ユンシクの視線は、美しい白鳥を映しているのだ。

 ジェシンにはそれを振り向かせるだけのものは何もない。

 何もしていないから。

 

 それでもジェシンはユンシクから目をそらせない。

 気になって仕方がない。

 そして、危なっかしくって仕方がない。

 女のくせに、大胆なことをしやがって、と思っても、

 どうも家の窮乏を聞いていると、よほどの覚悟でしている事だと分るから、

 ジェシンには何も非難できることはないのだ。

 

 鴨はのんきに水に浮かんでいる。

 俺はあの鳥だな、とジェシンはため息をつく。

 

 ユンシクは、目立たないようにと必死だが、その努力をあざ笑うかのように

 逆に目立ってしまっている。

 それは、ソンジュンと一緒にいることが多いせいもあるが、

 ユンシク本人自身が、学問の成績も優秀な上に、眉目秀麗なのだ。

 男としてここにいるが、とても可憐だ。

 だからこそ思う。

 

 あいつは、鴨の振りをしている白鳥だ。

 いつか白い羽を広げて、イ・ソンジュンの隣で笑う。

 

 それを想像すると、胸の奥がうずく。

 うずく胸の奥で、隠れているジェシンの気持ちが叫ぶ。

 

 お前も白鳥になればいい。

 白鳥となり、あの女を捕まえればいいんだ。

 

 くそ、と今度は声が漏れた。

 川の上にいた鴨が、驚きで川辺から離れていく。

 その姿を睨み付けて、ジェシンは又歩き出した。

 

 兄の死をきっかけに世を拗ねた自分。

 幼い正義感を振りかざしてきた、その頑なな自尊心が

 素直になることを妨げている。

 一人の女人を好きになりかけていること、

 その女人が気に掛ける男に嫉妬していること、

 全部全部分っているのに、目を背けてきたジェシン。

 

 それでは白鳥にはなれない。

 あの美しい雌を、手に入れることはできないのだ。

 

 世を拗ね、諦めることを覚えたジェシンに、

 諦めたくないものができたのだ。

 さあ、お前はどうする、どうしたい、と

 胸の中の本音が問いかけてくる。

 

 まずは成均館に帰って、

 あいつらの間に寝転がってやる。

 シクを男の隣なんぞに寝かせられやしねえ。

 

 後ろで鴨が立てた水音が聞こえたけれど、

 ジェシンが振り返ることはなかった。

 

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村