きっと、Ⅲ「僕らのインベンション」にします。

 

 課題曲が今日、2月3日(月)の午前中に来ました。昨日到着していれば、部活に間に合ったのに土日は配達がないとのことで、今日になったそうです。部活が2月15日までありませんので、音出しはしていませんが、きっと、Ⅲ「僕らのインベンション」にします。

 ♯が4つとか5つとかありますが、他の曲でも我が部の事情に合わないとか、「龍譚譚」はやめとこう、とかで、「インベンション」をがんばろうと思いました。

 自分としては、楽理をちゃんと勉強していないで歳をとってきたので、がんばろうと思います。作曲者の大先生が、気合の入った文章をあちこちに書いていらっしゃって、いい音がするはずの曲だったら、そんな曲をちゃんと鳴らさせられたらなと考えました。

 「聞いた感じで決めるな」と散々師匠に言われたのに、また、「エアーズ」の時のように失敗しそうな予感もしますが、いいものはいいんですよねえ・・・・・・。

 その少年は、私のかたわらに立ち、スマホをのぞき込んでから一つ息をついて、見ず知らずの私に突然話しかけてきました。

 「あのう、藤重先生ですか?」

 そこは、名古屋市国際会議場、白鳥センチュリーホール。10月半ば過ぎの日曜日。

 吹奏楽関係者なら、その「藤重先生」なる人物が元精華女子高校、現長崎活水高校吹奏楽部顧問、ゴールドディスク大賞など、ゴールドずくめの生けるレジェンド藤重佳久先生のことであることは自明の理。

 ただし、この文章の読者の皆さんは話しかけられた私が藤重佳久先生でないことはご存じの通り

 

「ごめんね。藤重先生ではないのですけど……。でも、気にすることないよ。私は、浜松とか、東京で藤重先生に間違われたことがこの10年間に3回ありますから。大変光栄です。」

「ごめんなさい。」

「でもね、藤重先生もすごい人だけど、私もちょっとだけがんばってこんな本を自費出版した人なのです。先生方には1,000円で売っているけれど、生徒さんは500円。いかがですか?」

 と、自費出版した吹奏楽指導書を勧めました。

「お金がギリギリしかなくて……。」

 学年をきいたら、コントラバスを弾く中学2年生でした。

「じゃあ、あの有名な藤重先生と間違えてくれたから、上げる。」

 と、進呈しました。後日、とんでもなく具体的かつ実際に本の通りやってみたらこうでしたという実践も伴った感想文がメールで送られてきました。

 藤重先生にどんな質問をするつもりだったのか、とにかく彼は主体性の塊でした。

 

 その彼は、後に……。(つづく)

昨年度の夏に本校メイン講師石渡真由美先生(フルート)が提案された「移動ド」の練習の発展・応用パターンを続けて、1年半余り。昨日の合奏練習で初めて、「厚みのある音」を感じました。少しだけ明るい未来が見えてきたかも。「21日の音を思い出そう。」と言っています。

「移動ド」の練習は、大変効果があります。当初、絶対音感の生徒は困るのではないかという懸念がありましたが、チューバの男子は完璧な絶対音感を持ちながらも「移動ド」でも、何も混乱がないと言います。その発展形で「移動ラ」(旋律的短音階)もやっています。つまり、本校の部員は、平行調が理解できています。

簡単に言うと、任意の音を「ド」として始めて長調で歌ったり、「ラ」として始めて短調で歌ったりした後に、その調のスケールを楽器で吹くというだけのことです。

24の音階のピッチが合いやすくなります。

やってみたけれど、うまくいかなかったら、連絡をください。

 お詫びに何か送ります。(笑※)

 

※念のため、先着10団体としておきますね。

 

 

たまにとんびがタカを生むような形で、すごい生徒が現れます。

今春、本校から吹奏楽有名校に進学する生徒がいます。

「バンドジャーナル」誌をすみからすみまで読んで、

楽器のカタログをずっと眺めているような部員で、

「がんこ者」で、「人間関係べた」です。

うん、私に似ているのかもしれません。

 

その生徒に、はなむけのつもりで始めた話が、

残念なことに説教になってしまって、反省しています。

数々の起こりえる困難を並べ立て、

最悪のケースまで述べ、不安をあおりたて、

有名校で、レギュラーにならなくてよいから、

最後まで退部せずにがんばったときだけ、

こっちで指導者の仲間として受け入れてやる、

と偉そうなことを言いました。

反省です。

 

音楽が好きなら、仲間だよ、途中でやめても

大丈夫、うちのバンドに教えにきてください。

 

なんで、こんな風に言えないのかね。

反省。

たぶん、開設して数日のこのブログに彼女はさすがに

気が付いていないと思います。でも、

いつか、きっとこのページを目にするだろうから、

あのキツイ言葉は、意訳するとこっちだったのかと

あきれてほしいと願っています。

3年後の定演に出ていることを心から願っています。

 

 土気中学校は、パート練習でも合奏でもまったく変わらない大きな声で返事をしていました。パートリーダーを見つめる眼と加養先生を見つめる眼が同じでした。

 福光中学校は、パート員がいすに座っていて、パートリーダーが楽器を持ってその横に立つというスタイルのパートがいくつかありました。その様子はまるで「レッスンを受けている生徒とその師匠」といった雰囲気でした。

 千代崎中学校は、パートリーダーが複数いるかのようなパート練習の進め方をしていました。誰かが課題点を指摘した後に、他の誰かがそれを補足したり、新たな課題点を指摘したりして、練習すればするほど課題点が増えていく感さえありました。もちろん、しつこくひとつひとつ解決していきました。

 3校とも高い意識を持って練習に臨んでいました。

 

パート練習が充実していくことで、そのバンドの力量は飛躍的に向上すると思います。現在も課題として取り組んでいます。

私が今までに見たことのあるパート練習で印象的だったのは、下記の3校です。

千葉県土気中学校(顧問 加養浩幸先生、19966月)

富山県福光中学校(顧問 山田誠先生、200412月)

三重県千代崎中学校(顧問 中山かほり先生200512月)

 

3校に共通していたのは下記の通りです。

 

・パート練習の時間がすべてパート練習の時間になっている。

・パートへの移動がすばやい。

・まったく私語がない。

・パートリーダーの指摘が厳しく、するどい。

・パートリーダーの指導が粘り強く、しつこい。

・立って練習しているパートがあった。

・パート練習の音量がでかい。

・チューナーの針を自分で見ないことが多い。(見てもらい、言ってもらう。)

・やるべきことがきちんとわかっている。

・そこに顧問の先生がいてもいなくても同じ真剣さで行っていた。

 

 意識を高めなければと思います。

 あるプロ奏者のブログによると、中学の時に「好きになれそう」という直感でサックスになり、途中で「オーボエに移されそうになる危機を回避」して、後に渡仏して勉強し、現在に至ったと書いていました。さらに、その時に、回避できずにオーボエにパート替えさせられてしまった友人が後に東京藝大に進み、欧州のプロオーケストラプレーヤーになったと書いています。

 また、道徳資料に「パーカッションとともに」という考えるための資料があります。フルートを希望していた「わたし」はパーカッションになってしまうのですが、先輩の励ましや、やるだけやってからやめればよいと考えたことで部活を続け、コンクールで大きな満足感と役割を果たす喜びを感じ、パーカッションとともにこれからもがんばろうと思うという物語です。

 私は、楽器決めやパート替えはいつも胸が痛むし、大きな責任を感じなければと襟を正します。

 

長年吹奏楽部の顧問をしてきて、初級バンドの指導に自信がありますと言い切るだけの苦労をしてきました。人、物、場所、金が吹奏楽顧問の基盤となる仕事です。

 

コンクールで結果を出す前にできる活動資金捻出法は、話し始めたら、60分かかりますが、その時のレジュメをまとめると次の通りです。

 

 1)「変える・変わる」

  生徒の姿が変わると、保護者の意識が変わり、資金についても協力して頂けます。

 2)「知る・知らせる」

 「活動資金はどれだけあってもよい」という考え方を捨てましょう。「何にいくら必要なのである」という  

  強い認識をもっていないとアピールできません。

 3)「楽器を大切にする」

  県内で一番楽器を大切にする吹奏楽部員にするぐらいの指導を行います。

  4)「地域に出かける、学校内の地位を得る」

   地域での演奏こそ、全力で準備したいものです。また、学校内(生徒会・学級)で吹奏楽部員が

   活躍することも大切でしょう。

 5)「某中学校の活動資金の捻出事実」

   毎月200円徴収していただけのバンドが、6年後には年間予算300万超のバンドになりました。

 

活動資金を捻出するためには、生徒の意識を変えなければならない。そうすると、保護者が資金面での協力者となっていく。意識を変えるためには、楽器を大切にすることに代表されるように、活動を充実させていかなければならない。

 また、楽器の価格や自分の部活の経済状況を常によく知っていた上で、「いくらでも欲しい」ではなくて、「何にいくら欲しい」と言えなければならない。そして、「本校の生徒は県下一楽器を大切にしているが、楽器は悲惨な状態です。」と言い続ける。さらに、地域の行事に全力で取り組んだり、学校内で信用されたりすることによって、活動しやすい環境は調えられる。

 もちろん、活動資金が欲しくて楽器を大切にしたり、地域行事で大評判になることをめざしたのではない。充実した活動を進めていきながら、たまにある経済的な援助を得るチャンスを逃さず、的確かつ謙虚かつ大胆に要望を行うとよい。

 

 

 

 

 

 

 

皆様こんにちは。ぎふたけです。趣味は「歌舞伎座」・・・

 

長年吹奏楽部の顧問をしてきて、初級バンドの指導に自信がありますと言い切るだけの苦労をしてきました。人、物、場所、金が吹奏楽顧問の基盤となる仕事です。

 

 公立の中学校に勤務していると同僚たちや上司たちの公金、税金に対するコスト意識の低さに残念な気持ちになることがあります。

 私は、2007年に「コンクールで結果を出す前にできる活動資金調達法」というタイトルで講習会の1コマ、話をしたことがあります。初級バンドをある程度まで持ち上げるということを繰り返したことと、本を自費出版したことが、珍しく私を「コストパフォーマンスを意識する」吹奏楽顧問にしてくれました。

 流通のたびにかかる消費税や運搬費は、私たち消費者の手に渡る前に最低3回は取られているということを教職員の何パーセントが意識しているでしょうか。予算が付いたからという理由で「使える物を廃棄する公務員」は、業務上背任なのではないか。そんなことするくらいなら、「楽器を買ってほしい」「生徒に良質の音楽を聞かせたい」「生徒によい経験をさせたい」「そのためのお金が欲しい」としみじみ思います。

 もしも聴講生から少しだけ「指揮ができる」募集があれば、立候補するのが、いつもの私ですが、今回だけは、時間が経つにつれて、「やめようかな」と初めて思いました。

 プレーヤー参加の聴講で十分すぎるほど勉強になったと感じていたからです。クリニックの途中で、モデルバンドのクラリネット奏者の方に、「もう、帰ってもいいくらい勉強になりました」と話したくらいです。しかし、11人のじゃんけんに勝って1番に指揮させていただきました。(笑)

 ゆったり表現する「ふるさと」。保科先生は、お上手に優しい言葉でご助言くださりましたが、言われたことを意訳すると、「ヘンなニュアンスはいらない。」「邪魔!」「何もしない」「もっと小さく振ってもわかる」「手が(拍が)余るかもしれないけれど、練習!」……でした。

後日、部活で「夏の思い出」を部員たちと一緒に勉強しました。響き的には不十分ですが、未来が明るい練習になってよかったです。