さて、動画編集を生業に定めて生きていくとは決めたものの

最初からそう簡単に仕事が降って湧いてくるわけはありません。



そもそも殆ど思いつきと勢いだけで決めてしまったので

改めて冷静になって考えてみれば、超ド素人にできることなど限られているし

どんなに少なく見積もっても半年は動画の仕事のみでは食っていけないぞ

急に現実が襲ってきました。



なんて恐ろしい決断をしてしまったんだと…



覚えること、やるべきことは山ほどあるし、

それを一つずつ着実にこなしていくことが最も良い選択だとはわかりつつも



いちど襲ってきた不安はそう簡単に去ってはくれません。



なにしろ私の心は秒速で折れるのです。



一瞬の胸の高鳴りが過ぎ去ってしまえば、後に残るのは現実のみ。



私は割となんでも「それなりに」はこなせる器用貧乏なタイプです。



しかしどの技術も仕事にできるレベルにならなかったのは、

恐ろしいほど飽きっぽい上に自分の失敗を許容できない完璧主義で、

継続」ができなかったから。



何事においても成功への最も近道



下手でも、笑われても、誰も見ていなくても、

なかなか思うような成果がすぐには現れなくても

たとえつまらないと思うようなことであっても



とにかく愚直に継続すること



これに尽きると思っています。



成功者ではない私が言っても何の説得力もないとは思いますが、

一度も成功したことのない私はもはや「失敗のプロ」です。



その私が最も苦手とすることが「継続」なのですから、

逆説的に言えば、


継続」さえできていれば、少なくとも私のような

失敗のプロ」にはならずに済んだということでしょう。



今になって私が後悔することのほとんどは

あのとき途中で放り出したりせず、きちんと継続していれば…」

というようなことばかりです。




しかし継続がいかに大切なことか、頭では充分にわかっているのに

心はいつも言うことを聞いてくれませんでした。




もしかしたら病気なんじゃないかと思うほど意思が弱く

ほとんどの時間を意識散漫に過ごしてしまいます。



そして悪いことに、私は大変見栄っ張りで、気が短く

超めんどくさがりで、自己承認欲求の高い完璧主義者です。



何か熱中できることができても、

同じ分野の周りの人間よりも自分の技術が劣っていると感じると、

一気に機嫌が悪くなり、もうなにもかも嫌になって

「やーめた。」となってしまうのです。



経験が浅ければできなくて当たり前なのに、

努力や継続をすっとばして、結果ばかり求めてしまいます。



小さな失敗を受け入れられる心の器量が無い為に

大きな成功体験を得られない。



これが私にとって最大のガンで、

全てが中途半端になってしまう原因そのものです。





こんな人間が果たして個人事業主として生きていけるのか?





現状での答えはNOです。





自分を律することのできない、自分の行動に責任の持てない人間が、

人様から仕事を頂いて、その仕事に責任を持って

きちんと成果をお返しできるわけがありません。



しかしもう書類は出してしまったし、

今更他に私を雇ってくれる会社があるとも思えない


もう道がない、やるしかない!



では何から始めたらいいのか?



そう考えたときに、

まずは一つでも「継続できること」を見付けて、

自分が自分を信用できるようになることでした。



その答えの一つが、このブログの開設です。



ネット廃人で自己承認欲求の高い私にとって、

ブログというツールは最も
継続しやすく」「継続する価値のある」ものに思えました。



行動や気持ちを記録できて、文章を書く練習にもなり

皆様からの反応が得られることで自己承認欲求が満たされる



そして、なんらかの出会いにも繋がるかもしれない!



そんな思いでこのブログを開設しました。



まずはこのブログを「継続」しながら、

自分にできることを一つでも増やしていき、自信を付けたいと思います。






今回は大変長くなってしまいましたが、

ここまで読んで下さり本当にありがとうございます(*^^*)



まだブログ始めたてだというのに、

皆様からのたくさんの「いいね」や「読者登録」大変励みになっております!!



また心が折れて「継続」をやめてしまわぬよう、

引き続き監視して頂けるとありがたいです…!!笑




個人事業主になるという希望の光が生まれ、

やっと動く気力が湧いてきました!!



とはいえ、一体何を売って生きて行けばいいのか…



貯金はほぼ0なので、店舗を持つなどの

軍資金の必要になる選択肢は除外するとして…



では技術や情報を売る…??



いやいや…技術と呼べるレベルの技術もないし、

人が欲しがる情報なんて持ってないよ…



私が一人でもできる仕事って一体なんだろう…

毎日頭を悩ませました。



そんなとき、転機となる出来事がありました。



父が仕事絡みでちょっとした動画を作成すると言うのです。



父はそういった作業に関してまるで知識がないのですが、

今後たびたび動画を作ることになるそうで、

外注するよりも自分が覚えた方がいいと考えたらしく

知人の開講する動画作成講座に参加し始めました。



しかし全くの知識0からスタートした父にはやはり難しかったらしく

だいぶ苦戦しており(そりゃそうだ)、私にヘルプを求めてきました



実は私は学生時代にアニメーション制作を少しかじっており、

仕事にできるレベルではないものの、多少の心得があったのです。

(これに関しては長い話になってしまうので、その内ゆっくりお話ししますね(*^^*))



そんなこんなで毎日家に篭りきりで暇人の私は、

実家に置いて頂いている恩義もあり、父を手伝うことにしました。



講座の様子が会員用サイトの中で動画で公開されていたのでそれを見てみると、

かなり初歩的なところからステップバイステップで説明されており、

正直ちょっと感動しました。



父は苦戦していましたが、ネットやPCに慣れ親しんでいる若い世代の人間なら

きっと誰でも理解できる内容だったからです。



つまり「私でもできる!!」そう感じたのでした。



講座の動画を見て内容を理解し、文字でマニュアルを作り、父の質問に答える。

それが私に求められた「お手伝い」の内容でしたが、講座を見ているうちに

自分も実際に作業したくなり、Adobe Creative Cloudを購入しました。



Adobe製品って一昔前だととんでもなく高くてなかなか手が出し辛かったけれど

今はコンプリートプラン(全てのAdobe製品とクラウド機能を使用可能)でも

月5千円程度なんですね…!!



安くはないけれど、全ての製品を試せることを考えれば高くない!!



話が逸れましたが、そんな流れで「とりあえず動画を編集できる」環境ができ、

時間だけはたくさんあった私は、講座動画を見ながらひたすら動画編集に打ち込みました。



久しぶりに「楽しい!!」そう感じていました。



そして、もしかしたら自分はこの作業に向いているかもしれない…

そう勘違いし始めたのです。笑



学生時代にアニメーション制作をしていた時、自分は才能がないと思い

自分の技術レベルでは仕事にもならない、そう思っていました。



しかしどうやら自分程度のレベルでも、できる仕事はあるようだぞ…?

そう気付いたのです。



自分で自分の世界を狭くして、
色々なアプローチ方法があることを忘れていたのかも…と。


そして一度は諦めた夢の道も、これを仕事にしながら学んで行けば、

時間はかかっても夢で終わらず済むかもしれない!!



いい歳してまだ頭がお花畑なのか、と笑われてしまいそうですが、

どうせ就職できる先がないなら、賭けに出たっていいかなと思うんです。



実家住まいであったり、頼れる人が周りにいたり、何かと環境に恵まれているので
本当に甘やかされて生きているなと自覚はしているのですが…


もうこうなれば甘えられるところにはとことん甘えて、いつか出世払いで!!


私を助けたことを後悔させないよう、頑張ってみようと思います(*^^*)



そうして私は動画編集を生業と定めて、

個人事業主として人生を再スタートすることに決めたのでした…!





前の記事では、仕事をクビになった私が

いま一番恐れていることを書きました。



友人達に知られ「やっぱりね」と思われること。

期待も失望もされず、ただ居場所を失うこと。

それによって自尊心が深く傷付くだろうこと。


これらが今の私が最も恐れることです。



職やお金は失っても努力次第でまた得ることができますが、

人の気持ちや社会的な信用は、一度失えば

取り戻すことはそう容易ではありません。



小心者の私が考えることと言えば、クビの事実を知られたとき

どうすれば皆の信用と自分の居場所を失わずに済むかということでした。



答えはとても簡単です。



新しい職に就いていれば良いのです!



しかし、ただでさえ頭が痛くなるような私の経歴は、

更に絶望的なものとなりました。



たった一年の間に二度もクビになり

ほぼキャバクラでしか働いたことが無いだなんて…



我ながら、とんでもない地雷案件です。

まともな採用担当であれば、書類審査の時点で真っ先に落とすでしょう。



落ちるとわかりきっている履歴書を、

「やってみなければわからない!それでも提出しよう!」

なんて誰が思えるでしょうか?



中にはそんな修造ばりの熱さを持った人もいるかもしれませんが

私にはそんな心の強さはありませんでした。



引きこもり生活にも限界があると頭ではわかっていても

一向に次の就職先を探すことができず、

「会社 クビになった」などのキーワードでネット検索して

ひたすらお仲間探しに勤しむ暗い日々を送っていました。



そんなある日のことです。

私は神の啓示を受けました。



正確にはとあるブログ記事を読んだだけなのですが、

そこにはこう書いてありました。





青色申告をすれば支払う税金も少なくでき、

個人事業主になれば
ニートから一転して自営業と名乗れてしまう





…これだ!!!!



経歴真っ黒な私でも働くことができて、

なおかつ自尊心も保つことができるベストな方法!!!!!



ツッコミどころは山ほどあるのですが、

心が弱り切っていた上に夢見がちな私には、

もうこの道しかないように思えました。



そうして私の頭の中に、

「個人事業主になる」という希望が生まれたのです。


職を失って一ヶ月以上、ただ無気力に過ごしました。



失職したての頃は酷く落ち込んで泣いたり寝込んだりしていましたが

段々とその気力も無くなり、その後は空っぽの抜け殻になって

ただ呆然としていたように感じます。



引きこもって好きなアニメを見て、

買い物は全てamazonで済ませ

誰とも会わず過ごしました。



普通はこういう時、友達に相談したり、慰めてもらったりするのでしょうが、

誰にも会いたくなかったし、話したくもありませんでした。



というのも、実は私はいわゆるネット廃人という人種で

なんでもかんでも文章にしてネットに上げてしまう癖があります。



文字を打つことが精神安定剤のような役割となっていたので、

職を得たときもその喜びを
FacebookやTwitterなどのSNSに綴っていました



フラフラと生きてきた私が遂に職を得たことを

友人達はとても喜んで祝福してくれました。



友人達と会話をすれば仕事のことは必ず話題に挙げられ、

その度に私はとても誇らしい気持ちでいっぱいになりました。



「もうキャバ嬢じゃないんだ。

後ろめたい思いをせず、同級生達と堂々と肩を並べて仕事の話ができる!

社会不適合者だった私が、遂に社会の一員として認めてもらえた!

それも好きな仕事で!!



嬉しくて仕方なくて、私はずっと浮かれ気分でした。



自分が誇らしくて、みんなに今の自分を見て褒めて欲しくて、

その気持ちや近況を、幼稚な私は逐一SNSに書き込んでいたのです。





最悪でした。





あれだけ自分で騒いでおいて、またクビになっただなんて…

誰にも知られたくありませんでした。



あんなに大騒ぎしていなければ、職を得たことをSNSなんかに書き込んでいなければ

クビになったことだって誰にも知られずひっそりと再スタートを切れたかもしれないのに…。



私は自分の幼稚さ愚かさ呪いました。



状況は何も無かったときよりもずっと悪くなりました。



クビという二文字の結果は、私がやはり社会不適合者であるということの烙印です。



友人達がこのことを知っても、別に驚きはしないでしょう。



元キャバ嬢である私のイメージは元々良いものではありませんし、

「ああ、やっぱりね」と思われるだけでしょう。



しかしそれが
私にとって一番自尊心を傷付けられる、
最も残酷な反応
なのです。



期待も失望もされず、
あいつはああいうやつだから、と決めつけられ、

彼らとの間に見えない線引きをされてしまうことがとても恐い。



私は世間の目を全く気にせず生きられるほど強い心を持っていません。



集団から完全に抜ける勇気もありません。



真っ当な道からドロップアウトしても、

その道を諦めて別の生き方を探す潔さもありませんでした。



なので、キャバ嬢であってもそれを「長い猶予期間」であるように言い訳をして

「変わり者」のイメージでなんとか集団からはぐれぬよう、のらりくらりと生きて来ました。



しかし「長い猶予期間」を抜けて現実に向き合った結果が「二度のクビ」なら

もうどんな言い訳も通用しないでしょう。



私は社会不適合者です。



見直して欲しかった。

やればできるじゃんって思って欲しかった。



こんなに自分ができない人間だったなんて、知りたくなかった。







実は今も友人達には二度目の職をクビになったことは伝えていません。



いつかもう一度誇れる自分を取り戻せるまで、

できる限り口をつぐんで過ごしたい…



それが今の正直な気持ちです。



痛い教訓として、
分のキャリアに関わる近況は、
しっかり安定して安心できるまで

もう二度と実名のSNSには書き込まない
ようにしようと思います。



皆さんもどうぞお気を付けて…(;´д`)





Next...何が私を駆り立てたのか?

遡ること三ヶ月と少し前…


私は数ヶ月働いた会社を早くもクビになりました。



リストラと言った方が表現は正しいかもしれませんが

とにかく私は職を失ったのです。


しかも職を失ったのは二度目で、それもつい最近のことでした。




怠惰を絵に描いたような人間の私にしてみれば

この一年はかなり頑張ってきた方でした。



すっかり昼夜逆転した生活を正しいサイクルに戻し

酷い遅刻魔も直して、無遅刻無欠勤に。

もちろん仕事そのものに関しても、

できないながらに必死にこなしていました。



一番苦手な「努力と継続」に挑み続けた一年でした。



たぶん周りの人間に聞いたとしても、

この一年の私の変わろうという努力はきっと伝わっていたはずです。



しかし私は職を失いました。

それも立て続けに二度も。



問題はそこです。



勤務態度は真面目そのものでしたし、人間関係も円滑でした。

それなのに私は会社からいらない人間だと拒絶されたのです。



つまり私は根本的な能力の低い人間だと、

会社に利益をもたらさない人間だと、

会社側に判断されたということでした。


なんの努力もなしに、ぐだぐだ適当に働いてクビになったのではありません。

今までしなかった努力をして、必死に挑んで、
それでもダメだった
のです。



一度ならば環境のせいにして気付かないふりもできましたが

立て続けに二度ともなると、流石に自分の無能さを認めざるを得ませんでした



惨めでした。



「私はやればできる、今はまだ本気出してないだけ」



本当にそう思っていたのです。



だけど現実は違った



もしかしたら数年前まではその通りだったのかもしれません。

本気を出したら変われていたのかも…?


しかし、

すべき時にすべき努力をしてこず、
楽な道ばかり選んできたせいで

まともな社会経験もないまま歳だけ重ね、
ついに私は社会のお荷物と成り果てた
のでした。



若ければ許される過ちも、もう許されない年齢になってしまった。



見た目だって劣化していく。

若くて可愛いというだけで甘やかしてもらえる時期は終わった。



楽な道を選んできたつもりが、自分で自分の首を締め続けていたのですね。



自分が社会に出たらまともに通用しないであろうことは、実は気付いていました



しかしそれが確信に変わったら、ガラスのような自尊心が粉々に砕けてしまいそうで

問題を先送りし続けてきてしまったのです。



しかし逃げるにも限界が来て、

いざ向き合ったら予想よりずっと悪いこのザマです。


悲しいとか、悔しいというよりも、
ただひたすら情けなくて惨めで

生きている意味はあるんだろうかと
毎日自分に問いかけました。



実家住まいをいいことに、僅かな貯金を握りしめて暫く引きこもりました。

しかし皮肉にも妹二人は大変良くできたエリート街道をゆく子達で

彼女らと比較して更に落ち込みました。



「自分を恥ずかしい、情けないと思わないのか、

早く次の就職先を見付けて一刻も早くこの家から出て行ってくれ。

あんたを見てると体調が悪くなる。」



そう母に毎日どやされ、就職先を見付けなければとは思うものの

心は疲弊しきっていて、履歴書を書く気力すら湧いてきませんでした。



そもそも2社もクビになって、こんな私に一体何ができるというのか…

こんな私を一体どこの会社が求めてくれるというのか…



何もわかりませんでした。



ただただ時間だけが過ぎていって、

春だった季節は夏に差し掛かり、

貯金はもう殆ど0になっていました。



やっとの思いで直したはずの昼夜逆転生活も、

あっという間に元通りです。



幸い死ぬ勇気だけはなかったので

だらだらと生きながらえて

パソコンだけがお友達の生活を続けていました。




ここまでが今年の4月末~7月の話です。

次のエントリーからは個人事業主として生きることを決めるに至った

心の流れを書いていこうと思います。

Next...
クビになった私がいま一番恐れていること