こんにちは

えりです。

 

 

 

今日は、衆議院選挙の投票で

 

夜の8時から自宅で、選挙速報を視聴し始めました。

 

 

 

娘は、まだ18歳になっていないので

 

もちろん選挙権はありませんが、

 

 

 

選挙の結果に、、、、

 

 

 

「ドキドキしたー!!」

 

と言っておりました。

 

 

 

なんでって娘に聞いてみると、

 

「日本がこれから安全に暮らしていけるか

 

気になるのは当たり前でしょ」と。

 

 

おお、とびっくりしました。

 

 

子どもって

 

選挙のこととは何も考えていないと思っていたんです。

 

 

 

そして、私自身が

 

 

選挙のことって

 

センシティブで、

 

話にも出してはいけないって勝手に思い込んでいたことを

 

思い出したんです。

 

 

 

私にとっては、

 

選挙のことって、

 

家族であっても話すことはタブー、

 

 

って思っていたんですね。

 

 

 

でも、それってなんでだろうか?

 

って思った時に出てきたのは、

 

 

 

子どもの頃の

 

我が家の空気感でした。

 

 

 

私が子どもの頃、

 

我が家には、毎朝二つの新聞が届いていました。

 

 

 

今考えると、政治色いっぱいの新聞だったのです。

 

 

 

 

母は、とある政党を応援

 

父は、別の政党を応援。

 

 

 

 

政治もそうですが

 

宗教的なものでも母と父は対立?していました。

 

 

その対立の影響で、母と、私と兄と

 

家に入れなかったことがあります(数時間ですが)。

 

 

 

 

だから、

 

 

政治は、家族であっても触れてはいけないもの。

 

触れると、怖いことが起きそう

 

そんな気がしていたんです。

 

 

 

あ、だから

 

夫が娘と政治的な話をしていると

 

嫌な気持ちになったのかー、と気がついたのでした。

 

 

 

私にとっては、

 

政治のことを話すことは

 

ダメなことで

 

 

 

だから、むしろ

 

政治のことを考えないように

 

触れないようにしていた。

 

だから、娘の発言にびっくりした。

 

 

 

 

でも、私が思い込んでいたそれって

 

誰でもそう思っているか、と考えてみて

 

当たり前のことでもなんでもなかったのです。

 

 

 

私は、自分の思想、考え方を

出すことは、いけないこと

 

 

とも思っていて

 

そこで、行動がストップしてしまうことにも

気がつきました。

 

 

 

私の行動を止めるブロックの原因がわかり、

 

 

それは、歪んで認知をしていたことでした。

 

 

 

 

歪んだ認知を書き換えることで

 

行動ができ、

 

 

実際に行動をすることで、

 

やっぱり大丈夫だと経験できます。

 

 

だからこそ、

 

恐れの原因を具体的に見て、

 

恐れを小さくして、

 

 

 

怖さは0にはならないままでいいので

(むしろ、ならない

 

行動してみるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこかしこに、ブロックは隠れていて

 

でも、全部なくなるものでも

 

無くさなくてはいけないものでもなくって、

 

 

 

自分の人生に不都合を生じさせるものを

 

外していきましょうねー。

 

 

ってだけなのです。

 

 

 

ではまた。