こんにちは
えりです
子どもを持つ親は
子どもが勝手に勉強してくれたらいいな。
そう思うのではないでしょうか。
最近、中学受験の結果を
SNS投稿して、
うちのコは、すごいって
嬉しくて投稿しているのをみると
モヤっとしていた時を思い出します。
特にこのフレーズに
反応しました。
頑張ったのは我が子です。
この言葉と
娘の中学受験を思い出して
胸がちくっとしたのでした。
ああ、頑張らなかったな
うちの子。
って思うのが嫌だったのです。
これは、私の思い込みによるものでした。
頑張らないやつはダメ。
というブロックです。
頑張らないなんてダメだー
頑張らないなんてダメだー
頑張らないなんてダメだー
と、まるでこだましているよう。
でもね、2つのことがわかって、
この頑張らなきゃダメは
だんだんと薄ーくなりました。
一つは、
子どもとの境界線を意識すること。
その中で
・子どもの人生に乗っからない。
をすごーく意識しました。
そして、
子どもの経験を奪わないこと。
ここは、肝だと思います。
次に、
頑張らなないとなぜいけないのか?
その時の自分が当たり前に思っていることを
なぜそう思うのか、を言語化することです。
その当たり前を疑うことがとっても大切です。
疑うっていうと、なんか疑心暗鬼みたいですけど、
そうではなくって、
その当たり前の、出所を明らかにして
さらに、それが本当なのか見ること。
そして、そのブロックを作ったのはどんな出来事なのか?
を見ることです。
当たり前って
意外と、自分で問うてみるだけで
あれって?なるんです。
それだけで、違うかもって。
努力をしなくてはいけないって本当?
そもそも、誰に向けての努力?
それを人に課していない?
問いを立てることは
自分の人生を深めて
自分の人生を振り返ることになります。
そして、もしも人に課していたとしたら
それは、あなた自身の十字架に
なっているかもしれませんよー?
それでも、その努力をしてほしいを
持ち続けますか?
考えて見てくださいね。
